明治大学 農学部 生命科学科 吉本光希准教授らの研究グループ 植物が備え持つ亜鉛欠乏耐性機構の一端を解明
~植物は自身を分解することで亜鉛欠乏耐性を獲得している~
2020.02.10 11:00
要旨
世界の農耕地の約50%が亜鉛欠乏土壌であり、農作物における亜鉛欠乏の対応策の確立は急務であると言えます。明治大学農学部生命科学科の吉本光希准教授らの研究グループは植物が細胞内自己分解システム「オートファジー 注1」を駆使し、亜鉛欠乏環境に対応していることを発見しました。
・植物は亜鉛欠乏下において、オートファジーを発動して細胞内の多様な自己成分を分解することで、亜鉛イオンを回収し、必要箇所へ再供給することで亜鉛欠乏耐性を獲得していることを明らかにしました。
・今回の発見は、亜鉛欠乏耐性品種や亜鉛高含有作物の作出に貢献できる可能性を秘めています。
・本研究成果は、米国植物生理学会誌「Plant Physiology」に2020年1月15日付で掲載されました。
概要
明治大学農学部生命科学科 環境応答生物学研究室の吉本光希 准教授、同大学院農学研究科の篠崎大樹 大学院生 (博士前期課程2年)、フランス国立農学研究所のCeline Masclaux Daubresse グループリーダー、Loreto Naya 博士(当時)、Ekaterina A Merkulova 大学院生(当時)、東京工業大学科学技術創成研究院細胞制御工学研究センターの大隅良典 栄誉教授、日本歯科大学生命歯学部共同利用研究センターの堀江哲郎 講師、理化学研究所環境資源科学研究センターの瀬尾光範 ユニットリーダー、菅野裕理 テクニカルスタッフIIらの研究グループは、亜鉛 (Zn) 欠乏環境下において植物が細胞内自己分解システムであるオートファジーを用い、生体内のZnリサイクル効率を上昇させていることを発見しました。
Zn欠乏下ではオートファジー活性が上昇し、細胞内のタンパク質や細胞小器官など自己成分が分解されます。この分解によりタンパク質に結合した、あるいは、細胞小器官に蓄積していたZnが遊離Zn2+イオンとして取り出され、必要箇所に再供給されることを見出しました。また、オートファジー欠損変異体植物のZn欠乏症状を解析することで、Znのリサイクル効率を上昇させる仕組みが植物のZn欠乏症状 (クロロシス) の抑制に重要であることを証明しました。
本研究成果は、篠崎さんが筆頭著者、吉本准教授が責任著者となった論文として、2020年1月15日付で米国植物生理学会 (American Society of Plant Biologists) 誌「Plant Physiology」オンライン版に掲載されました。本論文はオープンアクセスになっています。
研究の背景
植物が健全に生育するために必要な元素は17種類知られており、それらの元素は「植物必須栄養素 注2」と呼ばれます。植物必須栄養素のうち、炭素、水素、酸素以外の14元素は全て土壌中から吸収する必要があります。土壌中のこれらの元素が不足すると、生理障害が現れるため、植物の栄養欠乏症は農作物の品質および収量を損なう重大な問題です。植物が栄養欠乏環境に適応するための手段として、土壌からの栄養素吸収力を強化することに加え、体内に存在する既存の元素の利用効率を向上させることが考えられます。
本研究では生体内栄養素リサイクル機構としてオートファジーに着目しました。オートファジーとは、細胞内に生じた隔離膜が伸長し分解対象物を内包したオートファゴソームを形成、オートファゴソームを細胞内の分解区画である液胞に輸送して内容物を分解するシステムです (図1)。分解産物は新たな生体成分を合成するために再利用されます。
オートファジーが窒素欠乏応答において重要な働きをしていることは既に報告していますが、金属元素や微量必須元素のリサイクルにおけるオートファジーの機能は不明でした。本研究では、微量必須金属元素の一種であるZnに注目しました。世界の農耕地の約半数がZn欠乏土壌であると言われています。Zn欠乏に陥った植物では、葉のクロロシス (葉の葉緑素が減少して黄色化または白色化し、最終的に枯死する) や個体全体の生育阻害、奇形、壊死斑といった症状が現れます。農作物のZn欠乏症は収量と品質を損なうのみでなく消費者に健康被害をもたらすため、特に発展途上国で深刻な問題となっています。植物生体内のZn欠乏応答機構の分子メカニズムを解明することは、食糧需要の増大に対応し、持続可能な農業技術を開発する上で重要な知見になると考えられます。
研究手法と成果
本研究では、モデル植物であるシロイヌナズナ (Arabidopsis thaliana) の変異体を用いました。オートファジー関連遺伝子 (ATG遺伝子) の欠損変異体植物 (atg変異体 注3) は、正常なオートファジー能力を有する植物より顕著なZn欠乏症状 (クロロシス) を示すことを見出しました (図2)。続いて、Zn欠乏に曝された植物ではオートファジー活性が上昇して細胞内の多様なタンパク質が分解されていることを明らかにしました。さらに、atg変異体では体内の遊離Zn2+イオン量が低下していること、Zn欠乏条件下のatg変異体ではZn要求性酵素の活性が低下していることを発見しました。これらの結果は、Zn欠乏時にオートファジーが誘導され、タンパク質等に結合したZnが取り出され、必要箇所に供給されて再利用されていることを示しています。
更なる実験により、atg変異体のZn欠乏誘導性クロロシスは弱光条件下で抑制されることを見いだしました。また、Zn欠乏と同時に鉄 (Fe) 供給を制限した条件では、Znのみを欠乏させた条件よりクロロシスが抑制されることが判明しました。Zn欠乏下のatg変異体の活性酸素種 (ROS) 注4を定量すると、スーパーオキシド (・O2−) が減少し、ヒドロキシラジカル (・OH) が増加していました。加えて、・OHは光合成に関与する細胞小器官である葉緑体で発生していることも明らかになりました。以上の結果は、Feを介する光依存的なROS生成反応のバランスの変化がatg変異体のZn欠乏クロロシスの原因であることを示しています (図3)。
今後の期待
本研究により、植物が栄養欠乏という不適環境に適応するために体内の栄養素の利用効率を高めるという対応手段を発動していることが明らかになりました。今後、更に研究を進めることにより、Zn欠乏下におけるオートファジーの分子機構を遺伝子・タンパク質レベルから理解できることが期待されます。これらの成果はZn欠乏耐性品種やZn高含有作物の作出に貢献できるかもしれません。加えて、Zn以外の元素のリサイクル機構についても解明を行い、包括的視点から植物の栄養欠乏応答機構を明らかにすることは、持続可能な農業生産モデルの確立に貢献できると考えられます。
論文情報
論文タイトル:Autophagy Increases Zinc Bioavailability to Avoid Light-Mediated ROS Production under Zn Deficiency
著者:Daiki Shinozaki, Ekaterina A Merkulova, Loreto Naya, Tetsuro Horie, Yuri Kanno, Mitsunori Seo, Yoshinori Ohsumi, Celine Masclaux Daubresse, Kohki Yoshimoto
掲載雑誌:Plant Physiology
DOI:10.1104/pp.19.01522
公開日:2020年1月15日 (オンライン先行公開)
URL:http://www.plantphysiol.org/content/early/2020/01/15/pp.19.01522
用語説明
注1:オートファジー
オートファジー関連 (AUTOPHAGY-RELATED (ATG) ) 遺伝子により駆動される、真核細胞内の分解メカニズムの一種。細胞内に生じた隔離膜が伸長し分解対象物を内包したオートファゴソームを形成、オートファゴソームを細胞内の分解区画である液胞 (動物細胞の場合はリソソーム) に輸送して内容物を分解する (図1)。
注2:植物必須栄養素
植物が正常に生育するために欠くことのできない17の元素の総称。植物の要求量により多量要素と微量要素に大別され,多量要素はさらに多量一次要素と多量二次要素に細分化される。炭素 (C)、酸素 (O)、水素 (H)、窒素 (N)、リン (P) 、カリウム (K) が多量一次要素。カルシウム (Ca) 、マグネシウム (Mg) 、硫黄 (S) が多量二次要素。ホウ素 (B) 、塩素 (Cl) 、ニッケル (Ni) 、鉄 (Fe) 、亜鉛 (Zn) 、モリブデン (Mo) 、マンガン (Mn) 、銅 (Cu) が微量要素。
注3:atg変異体
ATG遺伝子の機能欠損変異により、オートファジー能力を持たない植物。通常条件では軽度な矮化や早期老化が見られるものの、正常に生育して次世代の種子を形成することができる。
注4:活性酸素種 (ROS)
ROSはReactive Oxygen Speciesの略。高い酸化能力をもち、生体に酸化ストレスを与える化合物。一般的に、スーパーオキシド、ヒドロキシルラジカル、過酸化水素、一重項酸素が知られる。
参考図について
図1:植物細胞におけるオートファジーの過程
細胞内 (細胞質内) に生じた隔離膜が伸長し、分解対象物 (図中には赤色で表記) を包み込んだ脂質二重膜であるオートファゴソームを形成する。オートファゴソームの外膜は液胞膜と融合し、内膜に包まれた分解対象物が液胞内部へと放出され、オートファジックボディとなる。オートファジックボディは液胞内の酵素の働きにより速やかに分解され、分解産物は新たな生体成分を合成するために再利用される。この過程は一連のATG遺伝子群により駆動されている。本論文の共著者・大隅良典 栄誉教授は、酵母におけるAtg遺伝子群同定の功績により、2016年にノーベル医学・生理学賞を受賞した。
図2:オートファジー欠損変異体 (atg変異体) の亜鉛欠乏症状
通常条件 (上) およびZn欠乏条件 (下) に播種し14日間育成した植物の様子。atg変異体 (右) は通常条件では正常なオートファジー能力を有する野生型植物 (左) と同等に生育可能だが、Zn欠乏条件では野生型に比べ顕著な生育阻害とクロロシスを示す。スケールバーは1 cmを示す。
図3:オートファジーを介した亜鉛欠乏症状抑制機構モデル
本研究により明らかとなったオートファジーによるZn欠乏症状抑制機構のモデル。Zn欠乏により誘導されたオートファジーは細胞内のタンパク質や細胞小器官を分解し遊離Zn2+を再供給することでZn欠乏状態を緩和する。Zn欠乏は葉緑体におけるFeを介したROS生成反応 (フェントン様反応) を促進することで・OHを生成する。・OHによる酸化ストレスはクロロシスとして観察される。
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