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RNA合成酵素は遺伝子発現に抑制的にも作用することを発見

~ゲノム機能を利用した他の分野での応用にも期待~

明治大学農学部 島田友裕准教授、古幡駿(博士前期課程1年)と、法政大学マイクロ・ナノテクノロジー研究センター  石浜明客員教授は、RNA合成酵素は遺伝子発現に抑制的にも作用することを明らかにしました。

要旨

遺伝子発現はRNA合成酵素(RNAポリメラーゼ)がゲノム上にある遺伝子の転写開始部位であるプロモーターと呼ばれる特定の配列を認識することで開始します。原核生物におけるRNAポリメラーゼコア酵素がプロモーターを認識するには、シグマ因子と呼ばれるサブユニットと結合し、ホロ酵素を形成する必要があります。生命科学研究のモデル生物の1つである大腸菌は、このシグマ因子を7種類持っており、環境変化に応じてそれらを切り替えることにより、利用する遺伝子セットを切り替えています。そのうち、窒素欠乏に応答するためのシグマ因子RpoNの標的プロモーターの解析は、これまでのところ不十分でした。明治大学農学部 島田友裕准教授、古幡駿(博士前期課程1年)は、法政大学マイクロ・ナノテクノロジー研究センター  石浜明客員教授と協力して、大腸菌のRpoNホロ酵素のゲノム上のプロモーターを網羅的に解析したところ、本来は遺伝子発現を行うためのRNAポリメラーゼが、遺伝子発現に抑圧的に作用することを見出しました。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金の支援を受けました。研究成果は英国の国際誌「Microbial Genomics」(電子版)2021年11月17日付に掲載されました。

研究成果のポイント

●大腸菌のRNAポリメラーゼRpoNホロ酵素のゲノム上結合領域および標的プロモーターや標的遺伝子群の網羅的な同定に成功した。また、RpoNホロ酵素は転写の開始にエンハンサーと呼ばれる補助因子を必要としており、エンハンサーNtrCにより結合が補助される標的遺伝子群の同定にも成功した。

●標的遺伝子群の多くは、定説通りに窒素欠乏によりRpoNホロ酵素およびNtrCによって発現が誘導されたが、それに対して、いくつかの標的遺伝子は抑制されることを見出した。

●RpoNホロ酵素およびNtrCによる抑制化は、細胞増殖のための遺伝子発現に必要なRpoDホロ酵素と拮抗することにより引き起こされていることを実証した。

●これらの結果から、RNAポリメラーゼRpoNホロ酵素が遺伝子発現に抑制的に作用することが明らかとなり、このプロモーターを「repressive promoter (抑圧的プロモーター)」と命名することを提案した。

●この研究成果は、RNA合成酵素(RNAポリメラーゼ)が遺伝子発現に抑制的に作用するという新規な機能を示すと共に、微生物が窒素欠乏に応答するための遺伝子群や発現させるための分子機構を理解・応用するために役立つ。    

1.研究の背景

原核生物の遺伝子発現は、RNA合成酵素(RNAポリメラーゼ)のコア酵素にシグマ因子が結合しホロ酵素が形成され、プロモーターの認識が可能となることで開始されます。モデル生物大腸菌は7種類のシグマ因子を持ち、これらを切り替えることで、環境に応じて異なる遺伝子セットを利用することが可能となっています。これまでのRNAポリメラーゼおよびシグマ因子に関する研究により、ゲノム上の遺伝子を選択し利用する仕組みが明らかとなってきました。しかしながら、シグマ因子RpoNの役割については、窒素欠乏時に窒素欠乏応答に必要な遺伝子群を利用するためのシグマ因子であることは分かっていましたが、その他の機能については分かっていませんでした。

2.研究内容と成果

本研究グループは大腸菌をモデル生物として、1つの生物の遺伝子制御の全体像の理解を目指しています。その一環で、RNAポリメラーゼRpoNホロ酵素について、Genomic SELEX法を用いてゲノム上の結合領域を解析したところ、約50個の遺伝子群を標的としていることが分かりました。さらに補助因子であるNtrCの存在下で同様の解析を行ったところ、約70個の遺伝子群を標的とすることが分かりました(図1)。これらの標的遺伝子群には窒素欠乏応答に関連した遺伝子群だけではなく、炭素源代謝に関連した遺伝子群も含まれており、細胞内の窒素源と炭素源のバランスを保つための役割も担っていることが示唆されました。次に大腸菌細胞を用いて、窒素飢餓条件において、新規な標的遺伝子群に対するRpoNおよびNtrCの制御を観察したところ、多くの遺伝子はこれまでの定説通りに活性化されていましたが、いくつかの遺伝子は抑制化されていることを見出しました(図2)。この新たな現象について詳細な解析を行った結果、このRpoNホロ酵素およびNtrCによる抑制化は、細胞増殖のための遺伝子発現に必要なRpoDという別のシグマ因子のホロ酵素がプロモーターに結合することを拮抗的に阻害することにより、引き起こされていることが明らかとなりました(図3)。RNAポリメラーゼは、DNAからRNAを合成する酵素としての重要性から、研究は生物種を問わず長い歴史がありますが、本研究はRNAポリメラーゼが遺伝子発現に抑制的に働くことを実証した初の例となりました。本研究成果から、この抑制化に働くプロモーターを「repressive promoter(抑圧的プロモーター)」と命名することを提案しました。

3.今後の期待

本研究グループは1つの生物の遺伝子発現制御機構の全体像を理解する目的で、大腸菌をモデル生物としてこれまでに数々の転写制御因子の機能同定に成功してきました。特に、試験管内で結合配列を同定するために独自に開発したGenomic SELEX法を用いたRNAポリメラーゼの研究では、これまでに大腸菌K-12株の持つ7種類のシグマ因子のうち、RpoD, RpoS, RpoH, RpoF, RpoEの5種類それぞれについて、RNAポリメラーゼホロ酵素単体で認識可能なプロモーターの網羅的同定に成功してきました。これらの成果から、プロモーターの認識がRNAポリメラーゼホロ酵素単体で可能なものを「constitutive promoter(構成的プロモーター)」、何らかの補助因子が必要なものを「inducible promoter(誘導的プロモーター)」と呼ぶことを提案してきました。そして、今回のRpoNの解析により、新たなプロモーター機能、「repressive promoter(抑圧的プロモーター)」を見出しました。これらの研究成果は、ゲノムから利用される遺伝子が選択される仕組み、また、抑圧される仕組みの本質的な理解に役立ちます。また、微生物のゲノム機能を利用した物質生産や環境浄化、また病原性微生物の理解などの応用分野にも役立つことが期待されます。

4.発表論文

<タイトル>

The whole set of  constitutive promoters for RpoN sigma factor and the regulatory role of its  enhancer protein NtrC in Escherichia coli  K-12.

<著者名>

Tomohiro  Shimada, Shun Furuhata, Akira Ishihama

<雑誌名>

Microbial Genomics

<DOI>

10.1099/mgen.0.000653

研究グループ

明治大学 農学部農芸化学科

応用生化学研究室(2022年度よりゲノム微生物学研究室へと改称)

・専任准教授 島田 友裕(しまだ ともひろ)

・博士前期課程1年生 古幡 駿(ふるはた しゅん)

法政大学 マイクロ・ナノテクノロジー研究センター

・客員教授 石浜 明(いしはま あきら)

参考図

図1.本研究グループにより独自に開発されたGenomic SELEX法を用いて同定されたRNAポリメラーゼRpoNホロ酵素単体(A)およびNtrC存在下(B)のゲノム上結合領域、および、支配下遺伝子群の総数の比較(C)。


図2.RT-qPCR法を用いた、窒素飢餓による大腸菌野生株(黒)、rpoN欠損株(白)、ntrC欠損株(灰)における新規標的遺伝子群の発現レベルの観察結果。

図3.RpoDホロ酵素に対するRpoNホロ酵素の拮抗阻害作用、および、NtrCの影響の観察。RpoNホロ酵素とRpoDホロ酵素の標的プロモーターへの結合を、ゲルシフトアッセイ(A)と、ウェスタンブロッティング(B)で観察した。

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