早期英語教育で育った子どもが日本語と英語を「ごちゃ混ぜ」に話...

早期英語教育で育った子どもが 日本語と英語を「ごちゃ混ぜ」に話すのは心配不要?

- 言語病理学・神経言語学的研究に基づく考察 -

日本では、「子どもが日本語と英語を混ぜて話すようになってしまった」と早期英語教育や国際結婚、海外移住などによる二言語環境に不安を抱く保護者の声が散見されます。そこで「ワールド・ファミリー  バイリンガルサイエンス研究所」(※以下、IBS)<東京都新宿区  所長:大井静雄>はバイリンガル児が一つの発話や文章の中で二つの言語を混ぜて使用すること(コードスイッチング/CS)を言語発達の問題として危惧するべきか否かを検討するため、関連の先行研究を調査し、論文を発表いたしました。(本掲載では一部引用文献の記載を省略しております)


バイリンガル児のコードスイッチングは危惧されるべきか?

-  言語病理学・神経言語学的研究に基づく考察 -

佐藤有里 Yuri Sato

ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所(IBS)


<論文サマリー>

●バイリンガルの子どもは、言語障害の有無にかかわらず同様のCSを行うため、CSそのものが言語障害の兆候である可能性は低い。また、かなり入念な検査をしなければ、CSの特徴を言語発達の問題と結びつけることはできない。


●バイリンガルの言語知識の仕組みは、モノリンガルとは異なる。二つの言語を切り替える行動は、高度な認知能力に支えられている。


●よって、バイリンガルの子どもが二言語を混ぜたとしても、大抵の場合、言語発達の問題として心配する必要はない。バイリンガル児の言語発達を適切に評価するためには、家庭や教育機関などにおける理解を促進すると同時に、日本の社会文化に即した研究を進めることが重要である。

日本では、バイリンガルの二言語使用に対する理解が不足している

日本では、バイリンガル家庭や早期英語教育で育った子どもが日本語と英語を混ぜて話すようになると、言語発達に問題が生じているのではないかと不安を抱える親がいる。ときには、ごちゃ混ぜ問題、混乱、などの否定的な表現を伴う。しかしながら、会話や文章の途中で使用する言語を変更したり異なる言語を交互に使用したりすることは、多くのバイリンガル(二言語使用者)にとって一般的な言語行動であり、主に「コードスイッチング」(code-switching、以下CS)と呼ばれる 。


アメリカでは、世界最大規模の言語聴覚士職能団体であるアメリカ言語聴覚協会により、CSは第二言語習得の過程における正常な現象であるとして、言語障害とは区別されている 。この見解が日本の乳幼児健診の場や保護者などに共有されているとは考えにくい。そこで本論文では、バイリンガル児のCSを言語発達の問題として危惧するべきか否かの検討を目的に位置付けた。

コードスイッチングで言語発達の問題を診断することは困難

特異的言語障害のバイリンガル児18人と定型的な言語発達のバイリンガル児18人(平均5〜6歳)を比較した研究(Gutierrez-Clellen  et al., 2009)によると、CSを含む発話の割合は両群で差がなかった。また、両群ともに、CSを含む発話文は文法的であり、大人のバイリンガルと同様の典型的なパターンであった。CSそのものが言語障害の診断基準にならないことを示した研究の一例である。


また、言語障害児のCSの特徴を明らかにしようとした研究もある。例えば、Greene et al. (2012)は、アメリカ在住のスペイン語・英語のバイリンガル児(5歳)606人を対象にした大規模な調査を行った。結果、言語障害の疑いがある幼児が定型発達児とは異なる特徴をもったCSを行う可能性が示されたが、それらが言語障害と直接的に関係しているかは明らかになっていない。別の研究(Iluz-Cohen and Walter, 2012; Bhat and Chengappa, 2005)においても、CSの特徴によって言語障害の有無を見分けることは困難であることが示されている。


よって、バイリンガル児は言語障害の有無にかかわらず同様のCSを行うため、CSそのものが言語障害の兆候である可能性は低いと考えられる。言語障害児が何かしら定型発達児と異なる特徴をもつCSを行う可能性は否定できないが、もしそうだとしても、それらが言語障害によるものなのか、言語以外の障害によるものなのか、もしくは個人的な言語経験(各言語への接触頻度や使用場面、意識など)や社会的状況(発話時の環境や相手など)によるものなのかを明らかにしない限りは、CSのある特徴を言語発達の問題と結びつけることはできない。

コードスイッチングはバイリンガル特有の高度な能力

本論文で取り上げた言語病理学的研究では、共通して、CSは「symptom(症状)」ではなく「ability(能力)」と表現され、二言語を活用したバイリンガル特有のコミュニケーション力として捉えられている。こうした二言語の使い分けは、発語が始まったばかりの乳幼児にも見られ、CSは二言語の混乱や二言語の区別がつかないことの表れではない。そして、CSを行う理由は、二言語間の語彙知識の差を埋めるためであるとは限らない。実際に、1歳半の子どもが言語を切り替えた対象は、もう一方の言語でしか表出したことがない語彙である場合もあれば、両方の言語で表出したことがある語彙の場合もあった、という研究報告(Lanvers, 2001)がある。また、Raichlin et al. (2018) は、5〜7歳の幼児が両言語で知っている語彙に対して相手や話題、状況に合わせた言語に切り替え、効果的なコミュニケーション方法になっていたことを報告している。さらに近年の言語学では、CSは、効果的にコミュニケーションを図ろうとするバイリンガル特有の能力として肯定的に捉えられている。


では、バイリンガルは、どのように二つの言語知識を脳内で処理しているのだろうか。心理言語学・神経言語学の分野における研究によると、バイリンガルはそれぞれの言語を完全に別々の知識としてもっているのではなく、二言語間で何らかの知識を共有している可能性がある。また医学の分野においては、バイリンガルの脳では第一言語使用時の活動部位と第二言語使用時の活動部位が部分的に重複していることが実証されている。例えば、バイリンガルは、モノリンガルよりも多くの部位が言語に関わり、両言語において活動する共通領域と、どちらか一方の言語でしか活動しない特異領域が存在していた(Rounx et al., 2004)。さらに、近年は、バイリンガルが言語を切り替えるときに働く脳領域も明らかになってきている。それは、あらゆる認知機能の働きをコントロールしながら複雑な状況下で目的を実行するために必要な「実行機能」を担う脳領域である(Hernandez et al., 2001)。相手が理解する言語やその環境で使用されるべき言語を察知する、効果的に伝える方法を考える、適切な言語を選択する、選択した言語で話し続ける、状況に応じてもう一方の言語を使用する、というように、この「実行機能」と呼ばれる高度な認知能力がバイリンガルの複雑な言語処理を支えているのだ。

大抵の場合、コードスイッチングは心配しなくても大丈夫

本論文で提示した言語病理学的研究によると、バイリンガル児は、言語障害またはその疑いの有無にかかわらずCSを行う。一つの発話や文章の中で二つの言語を交互に使用することは、言語発達の遅れや言語障害の兆候ではなく、二つの言語知識を活用してコミュニケーションを図ろうとするバイリンガル特有の言語行動であり、言語の切り替えは高度な認知能力を必要とする。よって、アメリカにおける一般的な見解通り、バイリンガル児のCSは、大抵の場合は危惧する必要がない


バイリンガル児の言語発達を適切に評価するためには、少なくとも、二つの言語を交互に使用することを否定的に捉えたり、一つの言語のみで話すことを強要したりするべきではない。日本においても、家庭や地域社会、医療・福祉機関、教育機関などにおける理解を促進すると同時に、言語学や医学など学術分野を超えた専門家・研究者の連携により、日本の社会文化に即した研究を進めることが重要である。


詳しい内容、引用文献についてはバイリンガル  サイエンス研究所で公開中の下記記事をご覧ください。

 

■バイリンガル児のコードスイッチングは危惧されるべきか?- 言語病理学・神経言語学的研究に基づく考察 - 

https://bilingualscience.com/introduction/2022071901/  


■ワールド・ファミリーバイリンガル サイエンス研究所

(World  Family's Institute of Bilingual Science)

事業内容:教育に関する研究機関

所   長:大井静雄(東京慈恵医科大学脳神経外科教授/医学博士)

所 在 地:〒160-0023 東京都新宿区西新宿4-15-7 

     パシフィックマークス新宿パークサイド1階

設   立:2016年10 月       

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