微生物の運動性とエネルギー生産の協調的制御機構を同定 ~微生物の病原性の理解や物質生産への応用に期待~
2023.02.16 14:00
明治大学農学部 ゲノム微生物研究室の島田 友裕 准教授と農学研究科博士前期課程1年 来島 楓は、法政大学マイクロ・ナノテクノロジー研究センターの石浜 明 客員教授ら研究グループとの共同研究で、大腸菌の鞭毛形成遺伝子群を包括的に制御する転写因子FlhDCが、炭素源代謝やエネルギー生産に関わる遺伝子群を活性化することを明らかにしました。本研究成果は微生物における運動性やエネルギー生産の理解・応用に役立ちます。
要旨
生物がゲノムに持つ遺伝子を選択的に利用する仕組みを理解することは、ポストゲノム時代の先端的研究課題の1つです。明治大学農学部の島田友裕准教授の研究グループは、大腸菌をモデル微生物として、大腸菌が持つ全ての転写制御因子の機能解明をめざしています。その一環で本研究では、大腸菌の鞭毛形成遺伝子群を包括的に制御する転写因子FlhDCのゲノム制御ネットワークの解析を行いました。その結果、FlhDCは鞭毛の形成や作動だけでなく、糖の取り込みや分解経路の遺伝子群を活性化していることが分かりました。微生物の運動には鞭毛の形成や作動が伴いますが、そのためには多くのエネルギーが必要です。本研究成果により、微生物は運動する際に、鞭毛の形成や作動だけでなく、炭素源代謝によるエネルギー生産も行っていること、またその協調的制御の仕組みが明らかになりました。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金の支援を受けました。研究成果は原著論文として、スイスの国際学術誌「International Journal of Molecular Sciences」(電子版)に2023年2月12日付で掲載されました。(DOI: 10.3390/ijms24043696)
研究成果のポイント
●大腸菌の鞭毛形成転写因子FlhDCのゲノム上結合領域および標的遺伝子群の網羅的な同定に成功した。新規標的遺伝子群には、糖の取り込みや分解経路に関る遺伝子が含まれていた。
●FlhDCが実際にこれらの遺伝子群を活性化することが分かった。さらに、グルコースやフルクトースなどの糖の取り込みが促進され、細胞増殖が促進されることを実証した。
●微生物は鞭毛の形成や作動だけでなく、炭素源代謝によるエネルギー生産を協働させることで、円滑に運動していることが示唆された。本研究成果は、微生物が運動するための仕組みの理解に役立つ。
1.研究の背景
生物はゲノムに持つ遺伝子を選択的に利用することで環境に適応しており、その仕組みを理解することは、ポストゲノム時代の生命科学分野における先端的研究課題の1つです。モデル微生物である大腸菌はゲノムに約4700の遺伝子を持っており、それらは約300種類の転写制御因子により制御されていることが分かってきていることから、それら全転写制御因子の機能解明が課題となっています。本研究の解析対象である転写因子FlhDCは、これまでに鞭毛形成や作動に関わる遺伝子群を包括的に活性化することで、微生物の運動性を制御していることが分かっていましたが、ゲノム全体における役割は不明でした。
2.研究内容と成果
本研究グループは大腸菌をモデル微生物として、1つの生物のゲノム転写制御機構の全体像の理解を目指しています。その一環で、FlhDCについて、Genomic SELEX(gSELEX)法を用いてゲノム上の結合領域を解析したところ、既知標的遺伝子群を含む約50個の遺伝子群を標的としていることが分かりました(図1)。新規の標的遺伝子群には糖の取り込み、解糖系やクエン酸回路などの炭素源代謝に関与する遺伝子群が含まれていました。さらなる解析により、FlhDCによりこれら炭素源代謝遺伝子群が活性化されていることや(図2)、グルコースやフルクトースなどの糖の消費および細胞増殖が促進されていることが分かりました(図3)。なお、FlhDCは微生物種間で広く保存されています。これらのことから、FlhDCは鞭毛の形成や作動を促進するだけでなく、炭素源代謝を促進することによりエネルギー生産を協働させることで、運動性を効率的に制御していることが示唆されました。
3.今後の期待
本研究グループは1つの生物の遺伝子発現制御機構の全体像を理解する目的で、大腸菌をモデル生物としてこれまでに数々の転写制御因子の機能同定に成功してきました。特に、試験管内でゲノム上の直接的な結合配列を網羅的に同定するために独自に開発したgSELEX法を用いた研究戦略により、これまでに大腸菌K-12株の持つ7種類のRNAポリメラーゼシグマ因子のうち6種類、約300種類の転写因子のうち70種類以上の機能同定に成功してきました。本研究で解析したFlhDCは鞭毛の形成や作動に関わる遺伝子群を包括的に制御していることが報告されていましたが、ゲノム全体の直接的な制御を改めて解析したことにより、糖の取り込みや分解経路などの炭素源代謝に関わる遺伝子群も制御していることが分かりました。今後も、本研究グループによるgSELEX法を用いた転写制御因子の機能解析により、微生物のゲノムを利用する仕組みの本質が明らかとなり、微生物の新たな生存戦略が明らかとなることが期待されます。微生物の運動性は病原性やバイオフィルム形成とも深く関与していることが分かっており、本研究成果は、微生物の病原性の理解や物質生産などの応用分野にも役立つことが期待されます。
4.発表論文
〈タイトル〉
Genomic SELEX reveals pervasive role of the flagella master regulator FlhDC in carbon metabolism.
〈著者名〉
Hiraku Takada, Kaede Kijima, Akira Ishiguro, Akira Ishihama, Tomohiro Shimada
〈雑誌名〉
International Journal of Molecular Sciences
〈DOI〉
10.3390/ijms24043696
【研究グループ】
明治大学 農学部農芸化学科 ゲノム微生物学研究室
准教授 島田 友裕(しまだ ともひろ)
農学研究科博士前期課程1年生 来島 楓(きじま かえで)
法政大学 マイクロ・ナノテクノロジー研究センター
客員教授 石浜 明(いしはま あきら)
当時博士研究員 高田 啓(たかだ ひらく)
客員准教授 石黒 亮(いしぐろ あきら)
参考図
図1.本研究グループにより独自に開発されたGenomicSELEX法を用いて同定されたFlhDCの大腸菌ゲノム上の結合領域。結合領域に隣接する遺伝子名が示されている(緑色は遺伝子間領域、橙色は遺伝子上領域を示す)。
図2.大腸菌野生株とflhD欠損株における炭素源代謝遺伝子群のmRNAレベルの比較解析。
図3.グルコース培地およびフルクトース培地における大腸菌野生株とflhD欠損株の生育曲線と培地中の糖濃度の観察結果。
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