温泉紅藻から触媒効率の高いクエン酸シンターゼを発見 明治大学大学院農学研究科 西井麻貴・小山内崇准教授らの研究グループ
2023.03.15 14:00
明治大学大学院農学研究科 環境バイオテクノロジー研究室の西井 麻貴(博士前期課程2年)、小山内 崇准教授らの研究グループは、紅藻シアニディオシゾン (シゾン) のクエン酸シンターゼの生化学的な性質を明らかにし、シゾンのクエン酸シンターゼが高い触媒効率をもつことを発見しました。
<研究成果のポイント>
・クエン酸シンターゼは、クエン酸回路の一段階目の反応を触媒する、クエン酸回路全体の反応速度に大きく影響する重要な酵素だが、その生化学的な性質は真核藻類で明らかにされていなかった。
・ シゾンのクエン酸シンターゼは、他の生物のクエン酸シンターゼと比べて、高い触媒効率を示すことが分かった。
・本研究の成果は、シゾンのクエン酸回路酵素の性質および炭素代謝の理解につながることが期待される。
要旨
シゾンは、イタリアの温泉から単離された紅藻で、酸性温泉に生息します注1)。モデル光合成生物として細胞生物学の研究が盛んに行われてきた一方、酵素の特徴を生化学的に解析した研究は少なく、代謝の仕組みの理解があまり進んでいません。クエン酸回路は、エネルギーやアミノ酸生産に関わる、生物にとって重要な代謝経路です。クエン酸シンターゼ (CS) は、一般にクエン酸回路の律速酵素で、アセチルCoAとオキサロ酢酸からクエン酸とCoAを生成するクエン酸回路の第一段階の反応を触媒します。シゾンのミトコンドリアには、クエン酸回路酵素が一式含まれており、シゾンに4つ存在するCS遺伝子のなかで、CS4が唯一ミトコンドリアに局在します。そこで、本研究では、シゾン由来のCS4 (CmCS4) の生化学解析を行い、CmCS4の触媒効率や金属塩の影響を明らかにしました。
その結果、CmCS4のオキサロ酢酸とアセチルCoAに対する触媒効率は、既にCSの生化学的な性質が明らかにされている微細藻類のシアノバクテリア (シネコシスティス、ミクロシスティス、アナベナ) のクエン酸シンターゼよりずっと高いことが判明しました。また、CmCS4の活性を阻害するKClおよびMgCl2存在下においても、CmCS4の触媒効率は、3種のシアノバクテリアのものより高いことが分かりました。CmCS4のオキサロ酢酸とアセチルCoAに対する高い触媒効率は、シゾンのクエン酸回路への炭素流入量を増加させる要因である可能性が示唆されました。
本研究で示されたCmCS4の高い触媒効率は、シゾンが酸性環境下でより多くのATP (エネルギー) を生産するために、効率的なクエン酸回路を有していることを示唆しています。本研究は、真核藻類におけるCSの触媒効率や金属塩よる阻害などの知見を提供します。
本研究は、明治大学大学院農学研究科 西井 麻貴(博士前期課程2年)、小山内 崇(准教授)らのグループによって行われました。JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCA、JSPS科研費基盤B(代表小山内崇)の援助により行われました。
本研究成果は、2023年3月8日に国際誌「Plant Molecular Biology」に掲載されました。
※研究グループ
明治大学 大学院農学研究科
環境バイオテクノロジー研究室
准教授 小山内 崇(おさない たかし)
博士前期課程2年生 西井 麻貴(にしい まき)
助教 伊東 昇紀(いとう しょうき)
1.背景
化石燃料は、私たちの日常生活に欠かせないものとなっています。しかし、化石燃料は有限であり、化石燃料を燃焼すると、地球温暖化の原因となる二酸化炭素などの温室効果ガスが排出されます。化石燃料の枯渇や地球温暖化への懸念が高まる中、微細藻類を利用した物質生産が注目されています。微細藻類は、食糧と競合しない、増殖が速い、効率良く太陽エネルギーを取り込むなどの特性から、持続可能なエネルギー源としての利用が期待されています。微細藻類の中でも、本研究で用いたシゾンは、イタリアの温泉から分離された紅藻で、pH 1ー3、40ー50℃の酸性温泉に生息します (図1)。真核藻類としてはじめてゲノムが決定されており、細胞構造がシンプルなため、モデル光合成生物として細胞生物学の研究が盛んに行われてきました。一方、微細藻類のシアノバクテリア (光合成を行う細菌) で行われてきたような酵素の特徴を生化学的に解析した研究は少なく、代謝の仕組みの理解があまり進んでいません。
クエン酸回路は、エネルギーやアミノ酸生産に関わる、生物にとって重要な代謝経路です。クエン酸シンターゼ (CS) は、一般にクエン酸回路の律速酵素で、細菌から動物までほとんどの生物に存在し、アセチルCoAとオキサロ酢酸からクエン酸とCoAを生成するクエン酸回路の第一段階の反応を触媒します (図1)。シゾンのミトコンドリアには、クエン酸回路酵素が一式含まれていることが分かっています。シゾンのゲノムには4つのCS遺伝子がコードされていますが、CS4のみミトコンドリアに局在することが確認されています。シゾンでは、CSを含むクエン酸回路酵素の局在や遺伝子発現に関する研究は行われていますが、クエン酸回路酵素の生化学的な特徴に関する知見は、シアノバクテリアと比べて乏しいです。シアノバクテリア (シネコシスティス、ミクロシスティス、アナベナ) のCSは、生化学的に解析され、特徴が明らかにされていますが、真核藻類におけるCSの生化学的性質はあまり分かっていません。そこで、真核藻類のさらなる代謝メカニズムの理解のために、シゾン由来のCS4 (CmCS4) の生化学解析を行い、CmCS4のオキサロ酢酸およびアセチルCoAに対する触媒効率や金属塩の影響を明らかにしました。
2.研究手法と成果
本研究グループは、組換えCmCS4タンパク質を大腸菌で発現させて精製し、酵素活性を測定しました。さまざまな温度やpHで酵素活性を測定したところ、CmCS4は、48℃、pH 7.8で最も高い活性を示しました。このCmCS4の最適条件において、様々な基質濃度でCmCS4活性を測定し、酵素の性質を表す値を算出しました。その結果、CmCS4のオキサロ酢酸とアセチルCoAに対する触媒効率は、3種のシアノバクテリア (シネコシスティス、ミクロシスティス、アナベナ) のCSのものよりもはるかに高いことが分かりました (図2)。
次に、CmCS4活性に対する様々な金属塩の影響を検討しました。10-100 mMのKClと1-10 mMのMgCl2存在下でCmCS4活性を測定した結果、両金属塩に対して濃度依存的にCmCS4活性が低下しました。そこで、50 mM KClと5 mM MgCl2存在下においても、CmCS4のオキサロ酢酸とアセチルCoAに対する触媒効率を調べました。その結果、阻害剤のKClおよびMgCl2存在下においても、CmCS4の触媒効率は、3種のシアノバクテリアのものより高いことが明らかになりました (図2)。
以上の研究から、CmCS4は、オキサロ酢酸およびアセチルCoAに対して高い触媒効率を示すことが分かりました。好酸性の藻類は、細胞質のpHを中性に保ち、酸性環境へ適応するため、大量のATP (エネルギー) を消費することが報告されています。そのため、酸性環境で生育するシゾンは、クエン酸回路酵素の触媒効率を高めることで、クエン酸回路を介してATPを大量に生産している可能性が考えられます (図3)。
3.今後の期待
本研究は、真核藻類のCSの生化学的な性質を明らかにしました。本研究の成果は、真核藻類におけるCSの触媒効率や金属塩による阻害、クエン酸回路への炭素の流れなどの知見を提供します。今後、CmCS4の構造解析やアミノ酸配列の比較により、CmCS4の高い触媒効率の理由が明らかになる可能性があります。さらに、シゾンのCS以外のクエン酸回路酵素の生化学的な性質の解明が、さらなるシゾンのクエン酸回路についての理解につながると期待されます。
4.論文情報
<タイトル>
Citrate synthase from Cyanidioschyzon merolae exhibits high oxaloacetate and acetyl-CoA catalytic efficiency
(日本語タイトル Cyanidioschyzon merolae由来のクエン酸シンターゼは、高いオキサロ酢酸およびアセチルCoA触媒効率を示す)
<著者名>
Maki Nishii, Shoki Ito, Takashi Osanai
<雑誌>
Plant Molecular Biology
<DOI>
10.1007/s11103-023-01335-7
5.補足説明
注1)シアニディオシゾン(通称シゾン)
学名は、Cyanidioschyzon merolae。イタリアの温泉で発見された、単細胞の紅藻。光合成真核生物としてはじめて全ゲノムが解読された。
参考図
図1. シゾンのクエン酸回路
クエン酸回路の酵素の1つであるクエン酸シンターゼは、オキサロ酢酸とアセチルCoAからクエン酸を生成する不可逆な変換を触媒する。
図2. CmCS4とシアノバクテリアのCSのオキサロ酢酸 (左) とアセチルCoA (右) に対する触媒効率
CmCS4の触媒効率は、阻害剤のKClまたはMgCl2存在下においても、3種のシアノバクテリアのCSのものより高い。
図3. シゾンのクエン酸回路におけるATP生産
シゾンのクエン酸シンターゼは、高い触媒効率を持つ。好酸性の藻類は、酸性環境に適応するため、大量のATPを消費する。そのため、酸性環境に生育するシゾンは、クエン酸回路酵素の触媒効率を高めることで、クエン酸回路を介してATPを大量に生産している可能性が考えられる。
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