植物の乾燥ストレス耐性を向上させる化合物を発見 ~乾燥地における作物生産向上に向けた新技術~
国立大学法人鳥取大学(学長:豊島 良太)の乾燥地研究センター(センター長:恒川 篤史)の岡本 昌憲助教とカリフォルニア大学リバーサイド校を中心とした国際共同研究チーム(※1)は、このたび、約6万の機能未知の化合物の中から、植物の乾燥耐性を効果的に向上させる化合物の発見に成功しました。
http://www.tottori-u.ac.jp/
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図1
研究チームは、キナバクチンと名付けた化合物を植物に投与することで、ストレス耐性が植物に付加されることを明らかにしました。本研究が発展することにより、乾燥地における作物生産向上に繋がることが期待されます。
本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『PNAS』オンライン版に7月1日の週に掲載される予定です。
■化合物発見の背景
地球全体の穀物生産の損失原因の約55%が干ばつであり、乾燥ストレス耐性作物の創出と利用が世界中で急務となっています。植物の乾燥ストレスを支配する重要な因子として、低分子化合物である植物ホルモンのアブシジン酸(ABA)が世界で広く研究されており、ABAの代謝制御やシグナル伝達因子を作物で制御することで、乾燥耐性作物の創出が試みられています。一方、このような遺伝子組換え作物の利用が、日本やヨーロッパ諸国では制限されていることや、実用品種には遺伝子組換え作物の作成が困難なものも存在するために、この手法による乾燥耐性作物の創出と利用は、現段階では限定的でありました。そこで、研究チームは遺伝子組換え技術に頼らない、乾燥ストレス耐性を付加する新技術の開発に挑みました。
■研究手法と成果
ABAを植物に投与することで植物の乾燥ストレス耐性を向上できることが知られています。しかしながら、天然型ABAは光に弱く、植物生体内で速やかに分解され、生産コストも高価であることなどから、ABAの農業利用に関しては広く普及していませんでした。天然型ABAの問題を克服するために、研究チームは、ABAと異なる化合構造で単純な化合物群からなる大規模な機能未知の人工ケミカルライブラリー(※2)から、ABAの受容体に結合できる化合物(アゴニスト(※3))の探索を行いました。研究手法は、ABAの結合を確認することのできる酵母を用いたツーハイブリッド法(※4)、ABA応答性遺伝子発現をモニターすることのできるシロイヌナズナ形質転換株(※5)などを組み合わせた複合スクリーニングによって、ABA誘導を引き起こす事のできる新奇のABAアゴニストを発見しました。このABAアゴニストをキナバクチンと名付けました(図1)。
モデル植物であるシロイヌナズナを用いたキナバクチンとABAの詳細な生理学・分子遺伝学的解析結果から、キナバクチンは天然ABAと同じ濃度で同等の生理活性を示し、ABA応答性遺伝子群の発現変化、組織や細胞レベルでの作用部位も同等であることが明らかとなりました(図2)。さらに、シロイヌナズナだけでなくダイズにおいても、キナバクチンの投与によって乾燥ストレス耐性が効果的に向上することが分かりました(図3)。
ABAやABA類縁体とも異なる化学構造でありながら、植物体において天然ABAと同等の活性を示すABAアゴニストの発見は、本研究が世界で初めてです。
■今後の期待
植物ホルモンの類縁体やアゴニストは農業で広く使用されております。オーキシン、エチレン、ジベレリン、ジャスモン酸などに比べると、ABAは農業市場での応用利用において普及が進んでいません。ABAは乾燥ストレス耐性を向上させることが主な働きですが、一方で、低濃度のABAをフィールドへ投与すると植物の生育を促進することも知られています。その他、果実の着色を促進し、果物の品質向上にもABAが関与することが知られています。キナバクチンの市場への利用はさらなる研究が必須ですが、キナバクチンの類縁体開発、フィールド、動物、生態系での試験・評価を経て、キナバクチンの生産コストに見合った結果が得られれば、将来、ABAの有用生理作用を農業に広く利用できる可能性があります。
■原論文情報
著者 :Masanori Okamoto, Francis C. Peterson, Andrew Defries, Sang-Youl Park, Akira Endo, Eiji Nambara, Brian F. Volkman and Sean R. Cutler
題名 :Activation of dimeric ABA receptors elicits guard cell closure, ABA-regulated gene expression and drought tolerance
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
■補足説明
※1. 鳥取大学の岡本 昌憲助教、カリフォルニア大学リバーサイド校のSean Cutler教授、メディカル・カレッジ・オブ・ ウィスコンシンのFrancis C. Peterson教授とBrian F. Volkman教授、トロント大学の南原 英司教授、遠藤 亮研究員らによる国際共同研究チーム。
※2.数千から数百万の多種多様な化合物を収集したもの。一般的に96-あるいは384-ウェルプレートの個別ウェルにそれぞれの化合物が入っており、研究目的に応じた化合物を探索するために用いられる。本研究では、単純な化学構造のみから構成される人工化合物ライブラリーを用いた。
※3.本来のリガンド(本研究ではABAを意味する)と化学構造が異なるが受容体に結合して、シグナルを伝えることのできる化合物をアゴニストと呼ぶ。反対に、アンタゴニストは、本来のリガンド結合を阻害して、シグナル伝達をブロックする化合物を意味する。
※4.二種類のタンパク質の結合の有無を、酵母を用いて試験する分子生物学的手法の一つ。本研究では、ABA受容体と標的タンパク質であるPP2CのHAB1を酵母内で共発現させ、ABAと同じ働きをする化合物の存在下で酵母が成長する実験系を構築し、これをケミカルスクリーニングに用いた。ABAやABAに類似した化合物が培地に存在しない場合には、酵母が生育できない。
※5.ABA応答性遺伝子のプロモーター配列にレポーター遺伝子の1つとして知られるβ-グルクロニダーゼ(GUS)を連結させた形質転換体(図2参照)。この方法では、RNAをわざわざ植物から抽出しなくとも、GUSの基質を投与することで、ABAの応答性遺伝子の発現を簡単に観察することができる。
鳥取大学
http://www.tottori-u.ac.jp/
乾燥地研究センター
http://www.alrc.tottori-u.ac.jp/
発表者のホームページ
http://www.alrc.tottori-u.ac.jp/staff204/okamoto/TOP.html
図1. キナバクチンは化学構造がABAと全く異なるが、ABA受容体に結合する事ができる新奇のABAアゴニスト。天然ABAとは異なり、キナバクチンは光に強く、生体内で安定に作用する。
http://www.atpress.ne.jp/releases/36684/1_1.png
図2. キナバクチンはABAと同等に、葉の維管束、孔辺細胞、根の維管束でABA応答遺伝子の発現を誘導することができる。青く染色されている部分がABA応答部位。
http://www.atpress.ne.jp/releases/36684/2_2.png
図3. キナバクチン投与における乾燥ストレス耐性。
キナバクチンを投与することで、植物が乾燥ストレス耐性を示す(写真は大豆の例)。
http://www.atpress.ne.jp/releases/36684/3_3.png
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