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3月4日(月)配信:研究者特別インタビュー「海技研クラウド」で未来の業界連携の礎に

海上技術安全研究所 クラウド運用室 副室長 一ノ瀬康雄氏に聞く

国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所 海上技術安全研究所(東京都三鷹市、以下、海技研)は日本の海事クラスターのDX化とオープンイノベーションを促進するプラットフォームとして独自開発した「海技研クラウド」の拡充に力を入れている。同クラウドの開発をリードする一ノ瀬康雄副室長に話を聞いた。

海技研のクラウド研究室の一ノ瀬副室長。日本の海運業は特に小規模な事業所が多いため連携させる仕組みが重要と話す。
「現在の日本の造船業は中国や韓国と比較して中小規模の造船所が多い。各社がそれぞれ苦手とする分野は外部ツールで補いながら、得意な分野をインテグレーション(統合)することで、海外の造船所に対する競争優位を確保したい」と海技研クラウドを開発した背景について説明する。

 海技研クラウドはSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)型アプリケーションストア、統合データベース、連携API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の3つのレイヤーで構成されたクラウドプラットフォームだ。造船所や船会社などは海技研クラウドのポータルサイトから各種アプリにアクセスし、必要なシミュレーションツールや海技研のデータベースにアクセスできる仕組みになっている。

「現在利用できるデータベースには、気象庁の提供する全世界の波浪推算値を船舶・海洋構造物の設計・運航解析向けに統計解析してデータベース化した『全球の波と風データベース(GLOBUS)』などがあります。また、今後もデータの権利等に十分に配慮しながら研究所内の施設で実施した水槽試験の結果や船舶の運航解析データについてもデータベース化していく予定です。」(一ノ瀬副室長)

2024年2月現在、海技研クラウド上で公開しているアプリの数は10種類。一ノ瀬副室長を中心とするチームでは、これまで「全球の波と風のデータベース」をはじめ、船舶の主要目から馬力曲線を推定する「HOPE Cloud(船舶性能簡易推定ツール)」やディープラーニング(深層学習)により貨物の輸送経路を推定する「CRAS-AI(AI貨物輸送経路分析システム)」、船舶の要目や気象・海象などから走錨リスクを予測する「錨ing(イカリング・走錨リスク判定システム)」などをリリースしてきた。 特に、海技研クラウドのWebアプリの強みは他機関とのAPI連携である。日本海事協会(NK)の子会社シップデータセンター(ShipDC)の実船モニタリングデータ、日本気象協会の「POLARIS」の気象・海象データベースは海技研クラウドと連携している(※2023/5/24付の海技研プレスリリースの通り)。WebAPI経由で取得したこれらのデータを海技研クラウドのシミュレーターで利用し、モニタリングデータの品質評価、外乱修正、任意海象での性能評価、経年影響評価などが海技研クラウド上で実施できる。

また、同クラウドを通じて、プログラムやツールの提供を従来のCDや冊子からクラウドベースのアプリに切り替えたことで、利用者はデータやプログラムのアップデートをより容易に実施できるメリットも生まれた。

「最も代表的な例としては、国内の造船所や船会社などでコンソーシアムを組んだ実海域実船性能評価(OCTARVIA)プロジェクトの成果プログラムが挙げられる」と一ノ瀬副室長は成功事例を紹介する。
「OCTARVIA」は、船舶が実際に運航する波や風のある海域での速力、燃料消費量などの性能(実海域性能)を正確に評価する方法を開発するために実施したオープンイノベーション方式の共同研究プロジェクト。海運会社や造船会社、メーカーなど25機関が集ったフェーズ1では実海域実船性能を推定・計測・評価する燃費指標「ライフサイクル主機燃費」を作成し、それを計算するプログラムとして「OCTARVIA-web」を開発した。続くフェーズ2には24機関が参加し、実船モニタリングデータを高精度で解析する「SALVIA-OCT.-web」の開発を行っている。

OCTARVIAでは、実海域性能評価を行う際に必要となる船体形状、船体性能データを船の主要目などを用いて簡易推定するプログラム「EAGLE-OCT.-web」も開発しており、「OCTARVIA-web」や「SALVIA-OCT.-web」と合わせて海技研クラウドで提供されている。
一ノ瀬副室長は「海技研は流体、構造、生産、エンジン、海洋開発など多様な研究者が集う日本で最大の海事総合研究所としての強みを持っている」と言及、また加えて「OCTARVIAは運航解析・設計応用を中心に活用されているが、今後は、工場の生産性を高める造船DXアプリも海技研クラウドに載せていきたい。将来的には、舶用機器メーカー向けや、船会社向けのパッケージ、また造船所向けのDXサポートパッケージのようなものを作り、それを業界に提供するということも想定している」と意気込みを語る。
実際の水槽試験の現場立ち合いをオンライン化するシステムも海技研クラウドで提供されている。従来の水槽試験では、四国や瀬戸内など、遠方の造船所担当者が、直接、海技研に来所する必要があったが、海技研クラウド内のアプリ「水槽オンライン立会システム」では、リアルタイムでデータを取得したものを遠隔地から確認でき、過去のデータと比較できるようになっている。これにより造船会社側は、海技研まで足を運ぶ事なく、水槽試験で得られたデータを検証しつつ、結果に合わせた試験条件の変更など海技研側とリアルタイムに共有することでより効率的に水槽試験を行えるようになった。

また、海技研クラウドを立ち上げたことで、船舶の運航解析向けの波と風のデータベースが、洋上風力の設計に利用されるなど、従来リーチできていなかった潜在的な顧客からの問い合わせにも繋がっている。

一ノ瀬副室長は、最後に「日本の海事業界は特に小規模な事業所が多いため、うまく連携させる仕組みが重要と考えている。研究者としては、経営統合のような話とは別に、技術的な解決策で業界内の連携をどんどん進めていきたい。APIというインターフェイスを揃えることによって、ウェブ上でどのような機関やプログラムでも連携が可能となる未来を目指して、より研究成果を高め、今後の海事産業の発展に向け、社会実装に貢献していきたい」と今後の抱負を語った。
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