IEEEメンバー はこだて未来大学 角 康之 教授が提言 ライフログを活用したWellbeing
IEEE(アイ・トリプル・イー)は世界各国の技術専門家が会員として参加しており、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)、複合現実(MR)、メタバース(仮想空間)、人工知能(AI)といった先進技術の世界的な諸課題に関しても、さまざまな提言やイベント、標準化活動を通じ技術進化へ貢献しています。
情報通信やモビリティの技術発展のお陰で私たちの活動の場は広がり、ビジネスや学校における社会活動の密度はこの数年で格段に高まったように思います。数多くのミーティングやイベントを効率良くこなし、隙間時間にも小さな仕事をこなすことは、充実感を得ると同時に精神的な疲弊にもつながっています。技術革新のスピードはとどまるところを知りませんが、人の身体能力や社会的な能力は過去数万年間そんなに変わっていないはずです。私たち人間にとってどの程度の社会活動が適切なのか、もっとよく理解すべきときが来ていると感じます。
私たちの研究グループは、対面コミュニケーションの計測、状況理解、デザインに関する研究を進めています。具体的には、画像や音声などのメディア処理、モーションキャプチャシステムや視線計測装置といったセンサデバイスを用いた行動計測を行い、収集されたデータから私たち人間のコミュニケーションにおけるプロトコル(無意識のうちに共有される暗黙の約束事)を数理的に解明することを試みてきました。その一方で、あるがままのコミュニケーションを観察・理解するだけでなく、先進的な情報通信技術、つまりモバイル情報端末やロボットなどを用いた新しいコミュニケーションの形も模索してきました。
ここではその一例として、私たちの開発してきた顔数計(かおすうけい)を紹介します。顔数計は胸に装着するカメラデバイスで、その名の通り、対面する人の顔の数を数えます。歩数計が歩数を数えることで装着者の大まかな身体活動量を数値化するように、顔数計は装着者の社会活動量を数値化することを意図してます。
図1に顔数計の利用イメージを示します。システム利用者は各々が胸に顔数計を装着して生活します。顔数計にはカメラが内蔵されており、装着者に対面する顔を検出してデバイス装着者の社会活動量を計算します。その結果は、社会活動の量や一日に占める社会活動の種類ごとの割合をグラフ化してユーザに提示されます。
【図1:社会活動計測のための顔数計(かおすうけい)】
私たちが開発した顔数計は、検出された顔ごとに、映り込んだ大きさ(つまり装着者との近接性)と映り続けた時間継続性に応じて重みづけをします。そのような工夫により、雑踏で多くの人とすれ違っただけの社会活動は過大評価されず、逆に、少人数でも緊密なコミュニケーションは社会活動として高く評価されます。
このような単純な仕組みにも関わらず、顔数計は装着者本人の感覚、例えば、会議参加の積極度や多人数の懇親会での周囲との関りの深さといった、従来では数値化されなかった曖昧な感覚を反映した結果を出力します。顔数計は当事者の発話の多寡や内容を処理することなく、デバイス装着者の周囲の人が向けた顔の数を数えるという間接的な手段だけで当事者の精神的な側面を測ろうとしていることが面白いと思います。胸にカメラをつけていると言われるとぎょっとするかもしれませんが、仕組みとしては、対面者の顔検出結果に基づいた数値化が済めば写真や映像を残す必要はありませんし、ましてや音声などは元からセンシングしていません。そういった意味ではプライバシーにも配慮したシステムデザインであると考えています。
もう一つの研究事例を紹介します。この研究でも先のものと同様に、ユーザは胸にカメラデバイスを装着します。ただし、今回カメラ映像から測るのは人との対面量ではなく本棚との対面量です。
この研究で私たちは、図書館の利用促進を目的として、図書館内での陣取りゲームを提案しました。図2に利用イメージを示します。ゲームのルールは単純です。このゲームでは本棚それぞれが陣地になっており、その前に最も滞在した時間が長いプレイヤーの陣地となります。そしてプレイヤーたちは陣地として獲得した棚の数を競い合います。
【図2:図書館の陣取りゲーム】
図の下部にあるのがゲーム画面です。これは、私たちの研究グループ所属の17人がゲームに参加していたときの画面例です。各プレイヤーがこの時点で獲得している棚の数が表示されています。一方、下のフロアマップ図を見ると、どの棚が現時点で誰の陣地になっているのかを見ることができます。棚の色の彩度は、その色に対応したプレイヤーが棚の前に滞在した累積時間を表しています。つまり、彩度の高い棚は陣取り激戦地であることがわかります。一方、彩度の低い棚は比較的簡単に(短い時間の滞在で)奪取可能であることがわかります。
ゲームの勝ち負けは獲得陣地の数、つまり獲得した棚の数で決まります。ですから、激戦地にこだわらずに他のプレイヤーの滞在時間の短い(つまり人気の無い)棚に滞在すればたやすく新しい陣地を増やすことができます。そのような行動はゲームプレイヤーとしては合理的ですが、教育的な意義からはかけ離れている、と考える人も多いことでしょう。しかしあにはからんや、動機は何であれしばらく覗いてみればつまらない棚などないのです。普段は立ち寄らない棚にしばらく立ち止まってみると、意外に面白そうな本に出会うことがあり、そのことがプレイヤーたちの興味の世界を拡げてくれます。その証拠に、図の左上に示したように、プレイヤーたちの本の貸出記録からは、ゲーム参加によって貸出本の分野に変化が現れているのがわかります。
「大学生はもっと本を読むべきだ」、「大学図書館には良い本がたくさんある」と真っ当なことを言うだけではなかなか大学生の図書館利用は増えません。「だまされたと思って図書館に10分間いてごらん」、「みんなが立ち寄ろうとしない本棚を見つけてごらん」という行動を促すところからマインドセットを変えていけるのがゲーミフィケーションの面白いところだと思います。
ここでは2件のライフログ研究を紹介し、自らの社会活動を知ることと、ゲーミフィケーションによる学習意欲の促進について紹介しました。自らの習慣を知り、改善を促すことで、よりよい生活を実現する手段として、ライフログ研究の仲間が増えることを望んでいます。
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