全固体電池を幅広いレンジで俯瞰できる新たな分析方法を開発
‐電池反応の全体を計測できるマルチスケール分析手法を提案‐
工学院大学(学長:今村 保忠、所在地:東京都新宿区/八王子市)と一般財団法人ファインセラミックスセンター(理事長:服部 哲夫、所在地:愛知県名古屋市)、一般財団法人電力中央研究所(理事長:平岩 芳朗、所在地:東京都千代田区)による研究チームは、全固体電池のマルチスケール分析手法を新たに開発しました。
■ポイント
●正極/固体電解質/負極の積層構造からなる全固体ナトリウム電池において、電池の動作下でラマン分光計測、走査電子顕微鏡観察および飛行時間型二次イオン質量分析を同一断面試料に適用するマルチスケール分析を構築しました。
●マルチスケール分析により、充放電反応に伴うマクロなナトリウム濃度の変化と電極材料のミクロな構造変化、局所的に特異な元素分布が同一断面試料で観測されました。
●スケール毎に得られた計測結果は、ナノメートルからマイクロメーターといった多様な反応情報を含むため、この相関性を解析することで、今まで困難とされてきた複雑な充放電反応の全体像の解明に貢献できます。これにより、具体的な材料開発やセル設計にフィードバックできる新しい分析技術として期待されます。
■概要
全固体電池は、既存のリチウムイオン電池で使用される揮発性の液体電解質を固体電解質(※1)に置き換えることで、安全性が飛躍的に向上すると期待されています。この安全性の向上により、電気自動車や再生可能エネルギーの蓄電用途としての大型蓄電池など、幅広い応用展開が可能となります。実用化に向けた研究開発を加速するためには、電池の動作中に複雑な反応を正確にモニタリングし、それぞれの相関関係を解明する分析手法が求められています。
工学院大学大学院 工学研究科の関 志朗 准教授・平岡 紘次 大学院博士課程3年、坂本 哲夫 教授らは、ファインセラミックスセンターの山本 和生 主席研究員、電力中央研究所の小林 剛 上席研究員と共同で、2021年度より資源制約の極めて少ない次世代蓄電池の候補として期待される酸化物系全固体ナトリウム電池(図1)の開発に携わってきました*。この研究の中で、電池の動作中にオペランド走査電子顕微鏡(※2)/エネルギー分散X線分光計測(※3)とオペランドラマン分光計測(※4)を用いて、マイクロメーター・原子スケールでの元素分布や結合状態の変化を観測しました。さらに、飛行時間型二次イオン質量分析計(※5)により、同一電池におけるナノスケールでの精密な元素分布も捉えました。
これにより、幅広いスケールで全固体電池の反応を直接観測できる「マルチスケール分析(※6)」の確立に成功しました。この「マルチスケール分析」では同一電池を用いるため、各計測で得られるデータの相関性(例:電極全体の濃度変化と単一材料内の構造変化)を精密に結びつけることができます(図3)。この手法により、複雑な過程で生じる充放電反応の全体像を理解することが可能となり、動作中の現象に基づいた材料開発やセル設計を通じて全固体電池の実用化に一歩近づくことができました。今回の成果は、全固体電池をはじめ、リチウムイオン電池やナトリウムイオン電池など、様々な蓄電デバイスへの展開が期待されます。
この研究成果は、現地日時の2024年8月20日にJohn Wiley & Sonsの学術論文誌「Energy & Environmental Materials」に掲載されました。
なお、本研究は国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託*・助成**を受けて実施されました。(*2021年度より、エネルギー・環境新技術先導研究プログラム「電力貯蔵用高安全・低コスト二次電池の研究開発」を受けて実施。委託期間:2021年度~2022年度。**2022年度より、「官民による若手研究者発掘支援事業」を受けて実施。助成期間:2022年度~)。
■研究の意義と今後の研究展開:関 准教授
全固体電池などの安全な蓄電池を開発するには、その材料や組み合わせの研究が重要ですが、根本的な改善を望むには、目的とする電池の反応機構やメカニズムを系統的かつ網羅的に理解することが必要です。本研究では、非常に新しい電池システムである全固体ナトリウム電池を選び、同じ電池を動作させながら独自の分析手法で正極・電解質・負極の動きを捉えることに成功しました。教科書に示される単純な化学反応に基づきながらも、有限の大きさの中で起こる電池反応を矛盾なく理解できるデータを得ることができ、電池技術者として感動を覚えました。今後は、この技術の拡張性を広げ、蓄電池の普及に貢献していきたいと考えています。
■研究の意義と今後の研究展開:山本 主席研究員
近年、電池に関する分析技術が発展し、世界中の大学や研究機関がその重要性を認知し利用するようになってきました。我々のグループは2007年より、固体電池のその場(オペランド)電子顕微鏡観察技術を開発してきましたが、固体電池は極めて複雑な結晶構造や形態、電気化学反応を伴うため、1つの計測だけでは不十分な時代に入ってきました。本研究のような異なる計測技術を交えたマルチスケール分析が今後重要となり、同時に、各先端技術を保有する大学や研究機関のマルチ連携も必須となります。本研究の成果や連携は、その意味で良い例となるでしょう。
■用語解説
(※1)固体電解質…揮発性の液体成分を含まず、Li+やNa+等の反応イオンを迅速に輸送できる電解質。主に、無機化合物からなる硫化物系・酸化物系、有機化合物からなる高分子系に分類される。
(※2)オペランド…ラテン語で動作中(operatingやworking)を意味する言葉であり、測定対象が実環境中でその機能を発現する過程を直接観測する技術であり、その活躍の幅が広がっている。
(※3)電子線照射によりマイクロメーターで試料の表面形態を観察できる手法である。元素固有の特性X線を検出することで、その同定や定量、分布状態の評価も可能である。
(※4)ラマン線の散乱強度や波長を測定して、物質のエネルギー準位、物質の同定や定量を行う分光法である。結晶の格子振動・分子振動を評価出来るうえ、顕微鏡観察下のマイクロメーター精度での計測が可能であるため、微細領域の混合状態や電池内部の各箇所を個別に計測できる。
(※5)イオンビームを照射し、試料表面から放出される二次イオンの飛行時間を計測することで、元素を質量分離する手法である。本研究で用いた装置は坂本教授の独自開発機であり、ナノスケールで元素分布を精密に取得可能である。
(※6)本研究で構築したマルチスケール分析はナノメートルからマイクロメートルのスケール間(千倍差)での計測を可能としている。マルチ的なスケール規模は、全固体電池の結晶構造(分子構造)から断面全体で生じる反応を総合的に捉えられる。
■論文情報
掲載誌 : Energy & Environmental Materials
タイトル: Multi-Scale Analysis Combined Operando Elemental /
Spectroscopic Measurement Techniques
in Oxide-Type All-Solid-State Na Batteries
著者名 : Koji Hiraoka(平岡 紘次、工学院大学大学院 博士課程3年)
Kazuo Yamamoto(山本 和生、ファインセラミックスセンター、主席研究員)
Takeshi Kobayashi(小林 剛、電力中央研究所、上席研究員)
Tetsuo Sakamoto(坂本 哲夫、工学院大学大学院工学研究科、教授)
Shiro Seki(関 志朗、工学院大学大学院工学研究科、准教授)
DOI : 10.1002/eem2.12821
URL : https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/eem2.12821
図1:全体イメージ
図2:本プロジェクト内で作製した無機系全固体ナトリウム電池の外観および熱安定性
無機系全固体電池としては大型サイズの部類となり、高い熱安定性・安全性が実証された。
図3:作製した無機系全固体ナトリウム電池断面の光学顕微鏡像およびオペランド分析の観測点
オペランド走査電子顕微鏡-エネルギー分散X線分光計測(SEM-EDS)により断面全体(~数百マイクロメーター)での元素分布変化、オペランドラマン分光計測により正極層/固体電解質層/負極層内のスポット(~数マイクロメーター)における構造変化をそれぞれ個別に観測した。
図4:無機系全固体ナトリウム電池におけるマルチスケール分析で得られた代表データとその相関関係
オペランドSEM-EDS計測により、充放電中に正極層内と負極層内でナトリウム濃度の変化が観測された。またオペランドラマン分光計測により、正極層内で電極反応に直接関与する活物質の充電/放電に伴う可逆的な構造変化も併せて観測された。これらの観測結果は、充電/放電中に正極層と負極層の間をナトリウムイオンが移動し、その際に電極層全体のナトリウム濃度と活物質の結晶構造が変化していることを意味する。さらに、飛行時間型二次イオン質量分析計(TOF-SIMS)では粒子/粒子界面(粒界:ナノスケール)で特異的な元素分布が観測され、このミクロな領域も充放電中のナトリウムイオンの輸送に関与していることが明らかになった。全体として、結晶構造の変化(原子スケール)・粒界のイオン輸送(ナノスケール)・ナトリウム濃度変化(マイクロメータースケール)という全固体電池の充放電中に生じる反応を網羅的に観測することに成功した。
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