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わが国で初めてKLHL11抗体測定系の確立に成功~原因不明の小脳性運動失調症の診断と治療への貢献に期待~

調査・報告
2025年4月11日 11:00
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図1.自己免疫性小脳失調症。近年抗体研究の進歩により、小脳性運動失調症の原因の一つとして自己 免疫性小脳失調症が注目されている。
図1.自己免疫性小脳失調症。近年抗体研究の進歩により、小脳性運動失調症の原因の一つとして自己 免疫性小脳失調症が注目されている。
【ポイント】
●わが国で初めてKLHL11抗体(自己免疫性小脳失調症関連抗体)測定法の確立に成功。
●原因不明の小脳性運動失調症の中にKLHL11抗体陽性自己免疫性小脳失調症の存在を確認。
●KLHL11抗体測定系の確立により自己免疫性小脳失調症の鑑別診断と治療法選択に貢献。

【概要】
北海道大学大学院医学院博士課程の藤井信太朗医師及び工藤彰彦医師、同大学院医学研究院の矢口裕章准教授及び矢部一郎教授らの研究グループは、近畿大学医学部内科学教室(脳神経内科部門)の山岸裕子非常勤教員及び永井義隆主任教授、福井県立大学の米田誠教授、新潟大学の田中惠子非常勤講師、岐阜大学の木村暁夫准教授との共同研究において、2019年に北米で同定され近年注目されている、自己免疫性小脳失調症*1 に関連する自己抗体の一つであるKLHL11抗体*2 (自己免疫性小脳失調症関連抗体)の測定系をわが国で初めて確立し、その陽性例がわが国でも原因不明の小脳性運動失調症*3 患者群のなかに複数例存在することを発見しました。
小脳性運動失調症は小脳の障害により、ふらつき・めまい・しゃべりにくさ・歩きにくさなどの運動失調症状を呈する疾患群の総称です。この小脳性運動失調症の患者数は全国で約4万人とされ、そのうち約1万人は原因が不明であるとされています。
この原因不明の小脳性運動失調症の一部には、自己免疫機序による小脳性運動失調症(自己免疫性小脳失調症)の存在が近年報告されており、免疫治療を行うことで治療できる可能性もあるため、適切な診断法の開発が強く望まれていました。主に海外では、自己免疫性小脳失調症の原因となる抗体が複数報告されており、疾患概念が確立しつつあります。KLHL11抗体はそのような抗体の一つで、2022年に欧州の脳神経内科医らが提案した診断基準案においてKLHL11抗体の測定が推奨されています。しかしわが国では測定を行う施設がなく、KLHL11抗体陽性例の報告は1例のみでした。
研究グループは、わが国で初めてKLHL11抗体測定系を確立し、自己免疫性小脳失調症疑いの84例中2例がKLHL11抗体陽性自己免疫性小脳失調症であることを発見しました。また、KLHL11抗体は精巣腫瘍と関連することも知られており、1例において精巣の異常所見が確認されました。
本研究により、わが国でもKLHL11抗体が測定可能になり、さらにKLHL11抗体による神経疾患が稀ならず存在することが分かったことにより、亜急性の小脳性運動失調を呈するなどの自己免疫性小脳失調症が疑われる症例においては、積極的にKLHL11抗体を測定することが推奨され、精巣疾患に対する治療も含め、早期からの治療が可能になることが期待されます。
なお、本研究成果は、2025年3月22日(土)公開のJournal of Neurology誌にオンライン掲載されました。

【背景】
小脳性運動失調症は小脳の障害により、ふらつき・めまい・しゃべりにくさ・歩きにくさなどの運動失調症状を呈する疾患群の総称です。その患者数は全国で約4万人とされ、そのうち神経変性疾患や遺伝性疾患を原因とするものが約3万人存在するとされていますが、残りの約1万人は原因が不明とされています。近年、この原因不明の小脳性運動失調症の一部は、自己免疫性機序により発症する自己免疫性小脳失調症であることが報告されています(図1)。この自己免疫性小脳失調症は『治療可能な』小脳性運動失調症として注目されており、海外から診断マーカーもしくは病原性の説明が可能な抗体として、複数の抗体が報告されるに伴い、その疾患概念が確立しつつあります。
今回検討したKLHL11抗体はその中の一つであり、2019年に北米で初めて報告されて以来、世界の複数の国々から追加報告されてきた経緯があります。しかし、わが国では測定系が確立されていなかったこともあり、多数例での検討がされていませんでした。今回、研究グループはわが国において初めて測定系を確立することと、原因不明の小脳性運動失調症患者の多数例を対象に、KLHL11抗体陽性自己免疫性小脳失調症がどの程度存在するかを明らかにすることを目的に研究を行いました。

【研究手法】
本研究では、自己免疫性小脳失調症の原因となる抗体のSez6l2抗体*4 が陰性で亜急性に進行する84の症例を対象としました。この研究は、北海道大学病院自主臨床研究審査委員会で審査され、承認を受け実施しています(019-0262)。また、KLHL11抗体の陽性判定はMyc-DDKタグ付きのKLHL11タンパク質をHEK293T細胞株に一過性に過剰発現させ、血清と髄液の両者を用いたcell based assay(CBA)法*5 で判定を行いました(図2)。

【研究成果】
まず、血清と髄液を用いたCBA法でKLHL11タンパク質が発現した細胞のみを認識しました。これにより、KLHL11抗体測定系を確立し、84例中2例のKLHL11抗体陽性例を確認しました(図3)。
KLHL11抗体陽性例は男性に多く、感音性難聴と精巣腫瘍を伴うことが特徴です。精巣腫瘍は本疾患の同定時には退縮し、精巣の萎縮や石灰化のみを呈する場合もあるとされています。今回新たにKLHL11抗体陽性と診断された2例ともに男性でした。このうち1例は、海外で報告されたように脳MRI*6 で小脳や脳幹に異常信号を認め、感音性難聴も認めましたが、もう1例では脳MRIでの変化や感音性難聴は認められませんでした。また2例共に精巣腫瘍の合併はありませんでしたが、1例で精巣に石灰化を認めました。
このように脳MRIにおける変化や典型的な症状がなくても、発症後3ヶ月以内に進行性に悪化する小脳性運動失調症の場合、そしてさらに男性の場合には、積極的にKLHL11抗体を測定することが望ましいと考えられます。

【今後への期待】
北海道大学大学院医学研究院神経病態学分野神経内科学教室では、自己免疫性小脳失調症の早期診断と早期治療を目指して、オールジャパン体制で多施設共同研究を継続して行っています。本研究は、その共同研究の一環であり、以前にも世界で初めて発見したSez6l2抗体についても同様に測定系を確立し報告しています。
本研究によって、わが国でKLHL11抗体が測定可能になり、また、KLHL11抗体陽性自己免疫性小脳失調症がわが国でも稀ならず存在することがわかりました。今後、発症後3ヶ月以内に進行性に悪化する小脳性運動失調を呈し自己免疫性小脳失調症が疑われる症例においては、積極的なKLHL11抗体の測定が推奨されます。これにより、早期診断、早期治療に役立つことが期待されます。
また、KLHL11抗体陽性例は、代表的神経変性疾患である多系統萎縮症*7 と同様に脳幹に異常信号を呈することが多いため、多系統萎縮症の中にKLHL11抗体陽性例が存在する可能性も考えられることから、今後はその点も加味した研究を進めていく予定です。
本研究によりKLHL11抗体陽性自己免疫性小脳失調症がより広く認知され、詳細に臨床的検討がなされることにより、早期診断と治療法の確立につながることが期待されます。

【謝辞】
本研究は日本医療開発機構AMED(JP22ek0109615)、JSPS科学研究費助成事業(JP23K06940)、厚生労働科学研究費補助金「難治性疾患政策研究事業 運動失調症の医療水準、患者QOLの向上に資する研究班(23FC1010)」からの支援を受けて実施しました。

【論文情報】
論文名:Autoimmune cerebellar ataxia with Kelch like protein 11 antibodies in a large cohort study
    (わが国におけるKLHL11抗体陽性自己免疫性小脳失調症のコホート研究)
著者名:藤井信太朗1、矢口裕章1、工藤彰彦1、江口克紀1、野村太一1、濱田征宏2、平井敦樹3、
    福本雄太3、山岸裕子3、米田誠4、田中惠子5、木村暁夫6、津坂和文7、永井義隆3、
    矢部一郎1
    1 北海道大学大学院医学研究院神経病態学分野神経内科学教室、
    2 和泉市立総合医療センター脳神経内科、
    3 近畿大学病院脳神経内科、
    4 福井県立大学看護福祉学部/看護学科看護福祉学研究科、
    5 新潟大学脳研究所モデル動物開発分野、
    6 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野、
    7 釧路ろうさい病院神経内科
雑誌名:Journal of Neurology(臨床神経学の専門誌)
DOI  :10.1007/s00415-025-13033-z
公表日:2025年3月22日(土)(オンライン公開)

【参考図】
図2.本研究のCBA法による判定のメカニズム。蛍光顕微鏡を用いて評価した。Myc-DDKというタグタンパク質がKLHL11タンパク質と共に発現するプラスミドを用いて、不死化細胞株に一過性に過剰発現させる。Myc-DDKタグを認識する二次抗体により赤色に同定される。このことでKLHL11タンパク質が発現している細胞株を同定する。患者血清もしくは髄液がKLHL11タンパク質を認識すれば、緑色で同定される。赤色と緑色が重なることを確認することで陽性と陰性の判断を行う。

図3.本研究のCBA法による判定を示す図。Myc-DDKタグ付きのKLHL11タンパク質をHEK293T細胞に一過性過剰発現させて、血清と髄液で評価を行った。KLHL11は細胞質に局在するタンパク質である。蛍光顕微鏡では、Myc-DDKタグタンパク質は赤色で同定される。また患者検体中の抗体(IgG)は緑色で同定される。青色はHoechst 33342で染色されたHEK293T細胞の核を示している。赤色と緑色が共に重なる場合に、KLHL11抗体陽性と判断される。陽性例の一部を矢印で示した。

【用語解説】
*1 自己免疫性小脳失調症:
免疫学的機序により小脳性運動失調症を呈する疾患群の総称のこと。
*2 KLHL11抗体
Kelch-like protein 11(KLHL11)タンパク質に対する自己抗体であり、抗神経抗体の一種。
*3 小脳性運動失調症
小脳の障害により、ふらつき・めまい・しゃべりにくさ・歩きにくさなどの失調症状を呈する疾患群の総称のこと。
*4 Sez6l2抗体
seizure-related 6 homolog like 2(Sez6l2)タンパク質に対する自己抗体であり、抗神経抗体の一種。
*5 cell based assay(CBA)法
不死化細胞株にプラスミドを用いてタンパク質を過剰発現させ、抗体の陽性と陰性を判定する検査方法のこと。
*6 脳MRI
磁気共鳴画像(Magnetic Resonance Imaging)による脳画像検査のこと。
*7 多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)
αシヌクレインというタンパク質がオリゴデンドログリアに蓄積し、進行性の小脳性運動失調やパーキンソニズム、自律神経症状を呈する疾患群。小脳性運動失調症の代表的な神経変性疾患である。

【関連リンク】
医学部 医学科 教授 永井義隆(ナガイヨシタカ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2687-nagai-yoshitaka.html
医学部 医学科 医学部講師 福本雄太(フクモトユウタ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2412-fukumoto-yuta.html

医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/
近畿大学病院
https://www.med.kindai.ac.jp/