寿命は約50年?北限域のヤシガニの成長や寿命を解明

一般財団法人 沖縄美ら島財団(沖縄県本部町)の岡 慎一郎らの研究グループは、ヤシガニの分布のほぼ北限にあたる海洋博公園に生息するヤシガニの成長や寿命を、8年間にわたる追跡調査で明らかにしました。本研究の論文は、日本動物学会発行の国際学術雑誌「Zoological Science」に掲載されました。

ヤシガニ(夜)
ヤシガニ(夜)

■ポイント■
●2006年から2014年までの約8年間、海洋博公園に生息するヤシガニの生息実態調査を実施。
●著者らの研究グループが発見したヤシガニの甲殻の紋様による個体識別法を応用し、126例の再捕による成長量などのパラメータに基づく数値モデルにより成長を解析。
●解析の結果、成長はとても遅いことが分かり、一般的に食用とされる大きさである胸長約40mm(体重約500g)に達するまでに雄は約11年、雌は約25年を要し、寿命は雌雄とも約50年と推定された。
●既往調査と比べると、北限域でありながら成長速度や体の大きさは、他の地域と遜色ない水準にあり、海洋博公園はヤシガニの生息に適した環境条件にあると考えられる。
●国営公園として約40年間自然環境が保全されたことにより、初めて希少なヤシガニの生態解明につながった。
●本研究の成果は、絶滅が危惧されるヤシガニの資源管理や保全活動に役立つと期待される。


<研究の背景>
ヤシガニはインド太平洋の熱帯域から亜熱帯域に生息する陸棲最大の甲殻類で、現在は乱獲や生息地の消失などで世界的に資源が減少しており、絶滅が危惧されている地域もあります。海洋博公園の敷地内では、かねてよりヤシガニの確認例が多くあり、まとまった生息域としてはおそらく世界最北端であると考えられています。公園の一部は人工的な施設があるものの、中央部斜面林や沿岸部等には自然の林が保持されており、活動時間である夜間の立ち入りや生物の採集が制限されていることから、ヤシガニの生息に適した環境が守られているといえます。

<甲殻の紋様から個体識別が可能と判明>
当財団では、公園内のヤシガニ個体群の生息実態を明らかにするため、2006年から継続的な生態調査を展開し、さまざまな生態的情報を蓄積してきました。調査を通して、ヤシガニの甲殻の紋様パターンは脱皮を経ても変化することがなく、個体識別が可能であることが分かりました(Oka et al. 2013)。
従来行われてきた個体識別方法には、個体に標識を施す方法や、体内にチップを埋め込む方法がありますが、標識の場合は脱皮により脱落する危険がありますし、チップの場合は高価な専用機器や、生体への影響などを考慮する必要があります。一方、今回用いた甲殻の紋様による個体識別は特別な機器は不要で、生体への影響もほとんどありません。

当財団の研究グループは、約8年にわたり園内の調査で集められた485例の野生のヤシガニについて甲殻の紋様の写真を照合し、その結果126の再捕例を得ることができました。これらの再捕ごとの体の大きさ、および再捕までの期間など各種パラメータを数値モデルにあてはめ、ヤシガニの成長解析を行いました。
なお、本研究で用いたデータ数の豊富さから、これまでのヤシガニの成長解析研究の中でも、最も高い精度で推定できたと考えられます。

<研究成果の概要>
解析の結果、ヤシガニの成長は遅く、一般的に食用とされる大きさである胸長約40mm(体重約500g)に達するまでに雄は約11年、雌は約25年を要することが分かりました。また、雄の成長は雌よりも早く、胸長は最大で雄が約80mm、雌が約50mmあり、その寿命は雌雄ともおよそ50年と推定されます。
これらの成長速度や体の大きさは、北限という厳しい気候条件であるにもかかわらず、過去の熱帯地方等の研究事例と比較しても遜色ない水準といえます。つまり、海洋博公園にはヤシガニの生息に適した環境条件が整っていると考えられます。ヤシガニは長寿命で成長が遅いため、一度個体数が減少すると元に戻るのに長い年月を要することが想定されます。それゆえ適切な保全策を講じる必要があります。

<今後の展望>
本研究の成果は、資源減少が世界的に進んでいるヤシガニの生態解明につながるほか、資源管理や保全を考える上で重要な基礎データとなることが期待されます。海洋博公園はヤシガニの生息に適した環境条件が整っていると考えられ、保全の観点からその環境を維持することが重要といえます。
当財団では、調査研究事業で得られたこのような情報を講演会などで積極的に発信しています。この活動を通して、ヤシガニの生態の面白さや現状を学ぶとともに、その保全に対する意識を高めるべく、これからも伝えていきます。


■発表雑誌■
<雑誌名>
Zoological Science

<論文名>
Growth of the Coconut Crab, Birgus latro, at its Northernmost Range Estimated from Mark-Recapture Using Individual Identification Based on Carapace Grooving Patterns

<著者名>
・一般財団法人 沖縄美ら島財団
 総合研究センター 技師 岡 慎一郎
 総合研究センター 契約職員 宮本 圭
 魚類チーム(沖縄美ら海水族館勤務) 主任技師 松崎 章平
・国立研究開発法人 水産総合研究センター
 西海区水産研究所 主任研究員 佐藤 琢


■代表研究者プロフィール■
岡 慎一郎(おか しんいちろう):
2000年琉球大学理工学研究科海洋自然科学専攻博士前期課程修了。環境調査会社勤務を経て、2010年(財)海洋博覧会記念公園管理財団(現在は一般財団法人 沖縄美ら島財団に名称変更)入社。専門は水生生物の生活史研究。

カテゴリ:
調査・報告
タグ:
自然・エコロジー

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