脳損傷時の記憶障害を予測する方法を開発
~脳損傷や脳外科手術における後遺症の予測へ~
2015.07.01 09:30
順天堂大学医学部生理学第一講座の長田貴宏助教らのグループは、脳の領域が損傷を受けた際に示す記憶障害の程度を予測する方法を開発し、実証しました。
本研究では記憶課題遂行中のサルの脳活動を機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging法;fMRI法*1)を用いて測定し、記憶想起の際に活動している脳領域間のネットワークを同定しました。さらに、このネットワーク内の前頭葉の領域が損傷を受けた際に示す記憶障害の程度を予測する方法を開発し、過去の知見を説明することに成功しました。この成果は記憶の想起を支える大脳ネットワークの作動原理の解明を進めるとともに、脳損傷や脳外科手術における後遺症の予測に大きく役立つ可能性があります。なお、この研究は東京大学、東京工業大学と共同で行われました。本研究成果は科学雑誌PLOS Biology電子版に 6月30日(米国時間)付けで発表されました。
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図1
【本研究成果のポイント】
・脳前頭葉損傷時に記憶障害を示す仕組みを解明
・前頭葉各部位が損傷を受けた際の記憶障害の程度を予測する方法を開発
・脳損傷や脳外科手術における後遺症の予測へ
【背景】
大脳の前頭葉の前方に位置する前頭前野は進化的に発達した脳の領域で、記憶や思考などに関与しています。なかでも、記憶課題遂行中には前頭前野の複数の部位が活動することが知られています。しかし、前頭前野損傷患者における症例報告によると、これらの部位の損傷のすべてが記憶に障害を起こすわけではありませんでした。そのため、なぜ特定の前頭前野の部位の損傷が記憶障害を引き起こすのかはわかっておらず、また損傷で記憶障害を引き起こす部位の位置やその障害の程度について予測する方法は確立されていませんでした。近年、脳領域間のネットワークに着目し、損傷時の障害を説明しようとする試みがなされてきましたが、前頭前野損傷による記憶障害について説明はできていませんでした。
【内容】
本研究ではサルに時間順序識別記憶課題*2(図1)を課し、機能的磁気共鳴画像法(fMRI法)を用いて出来事の時間順序の記憶の想起に関わる脳活動を計測しました。時間順序識別記憶課題では、図形を順番に呈示したあと、図形リストに含まれていた2つの図形を同時に呈示し、どちらがあとに出てきたかを思い出し選択させます。このときのfMRI計測によって前頭前野の複数の部位を含む、課題遂行時に活動する領域が同定されました(図2)。そして、各領域間の相互作用(機能的結合性*3)を解析すると、これらの領域はそれぞれ協調し合いながらネットワークを形成して活動していることがわかりました。さらに、課題遂行時のネットワークの活動変化に着目し、パターン認識と呼ばれる計算手法を用いることで、これらの脳領域が損傷を受けネットワークから取り除かれた際の影響を定量的に予測するアルゴリズムを開発しました(図3)。このアルゴリズムを用いると、課題遂行時に活動する部位のうち、過去の損傷実験によって報告されている損傷を受けて障害を示す部位とそうでない部位の違いを説明することができました(図4)。また、損傷時に障害を示す部位は、記憶想起時に活動するネットワークの中でほかの部位と多く結びついており、「ハブ」として脳の情報処理における中心的な役割を果たしていることもネットワーク分析の観点からわかりました。
【今後の展開】
今回の研究では前頭前野の各部位における損傷時での記憶障害の出方の違いについて予測し、過去に報告されている症例を説明することができました。さらに、損傷時に記憶障害を示す部位は、課題遂行時に働く大脳ネットワークにおける中心的な役割を果たしているハブであることもわかりました。本研究は、記憶想起に関わる大脳ネットワークの作動原理の解明につながると考えられます。さらに、本研究で開発された手法を用いることにより、脳損傷や脳外科手術における後遺症の程度を事前に予想できると考えられます。この予測情報を利用することで、記憶想起に影響を受ける部位を手術において避ける指針になり、またリハビリの方針を最適化するのに役立てられることが期待できます。
【用語解説】
*1:機能的磁気共鳴画像法(fMRI法)
MRI(磁気共鳴画像装置)を使って、脳の血流反応を計測することにより、脳の活動を非侵襲的に測定する方法。fMRI法の基礎となっているBOLD法(Blood Oxygenation Level Dependent法)は、小川誠二博士(アメリカ ベル研究所、現・東北福祉大学 特任教授)によって発見されたもので、世界で広く用いられています。
*2:時間順序識別記憶課題
呈示された複数の刺激の時間的順序を思い出す能力を調べるのに用いられる課題で、今回用いた課題は新近性識別課題とも呼ばれています。前頭前野の損傷で障害されることがヒト症例報告やサルの損傷実験により知られています。
*3:機能的結合性
課題遂行中の脳領域間に働く相互作用。今回の研究ではPPI(psychophysiological interaction)という指標を用いて解析されました。
【原著論文】
雑誌名:PLOS Biology ( http://journals.plos.org/plosbiology/ )
タイトル:Dynamically allocated hub in task-evoked network predicts the vulnerable prefrontal locus for contextual memory retrieval in macaques
著者名:Takahiro Osada, Yusuke Adachi, Kentaro Miyamoto, Koji Jimura, Rieko Setsuie, Yasushi Miyashita
DOI:10.1371/journal.pbio.1002177
なお、本研究はJST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の研究課題名「サル大脳認知記憶神経回路の電気生理学的研究」(研究代表者名:宮下 保司(現・順天堂大学 特任教授))の一環によって行われました。
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