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遺伝子改変でプラスチック原料「バイオコハク酸」が5倍増 ーラン藻の光合成の力で二酸化炭素を工業原料へー

 明治大学農学部農芸化学科の小山内崇専任講師、飯嶋寛子共同研究員らの研究グループは、理化学研究所の平井優美チームリーダー、近藤昭彦チームリーダー、白井智量副チームリーダーらの研究グループと共同で、二酸化炭素からのバイオコハク酸の生産に成功しました。コハク酸は、バイオプラスチックの原料など、汎用的な化学工業原料として知られています。現在、多くのコハク酸は石油から合成されていますが、世界的に生物を用いてコハク酸(バイオコハク酸)を生産する流れになっています。しかし、現在のバイオコハク酸生産は原料に糖を必要とすることから、人間の食糧や資源と競合してしまいます。
研究グループは、光合成を行う細菌であるラン藻(シアノバクテリア)を用いて、二酸化炭素と光エネルギーを資源とするバイオコハク酸の生産を試みました。ラン藻のバイオコハク酸生産は、報告数が極めて限られており、工業生産レベルに遠いだけでなく、研究プロジェクトそのものもほとんど立ち上がっていません。
世界で広く研究されているラン藻である「シネコシスティス」[1]を用いて研究を行ったところ、嫌気条件下でコハク酸が細胞外に放出されることが明らかになりました。コハク酸生産量を増大させる遺伝子を探索したところ、酢酸合成酵素である酢酸キナーゼを欠損させることで、コハク酸生産量が2.5倍に増加しました。また、RNAポリメラーゼシグマ因子[2]の1つであるSigEのタンパク質量を増やすことで、コハク酸量が1.5倍に増加することが明らかになりました。上記2つの遺伝子改変を組み合わせたところ、コハク酸生産量が対照株の5倍に増大しました。
今回の研究により、二酸化炭素を原料としたバイオコハク酸の増産に成功しました。今後さらに研究を発展させることで、光合成の力を利用したバイオコハク酸の実生産につながることが期待されます。
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCAの一環として行われ、スイスの科学雑誌『Frontiers in Microbiology』のオンライン版(9月15日付け)に掲載されました。

※研究グループ
明治大学 農学部農芸化学科 
環境バイオテクノロジー研究室
専任講師 小山内 崇(おさない たかし)
共同研究員 飯嶋 寛子(いいじま ひろこ)
理化学研究所 環境資源科学研究センター
 代謝システム研究チーム
  チームリーダー 平井 優美(ひらい まさみ)
 細胞生産研究チーム
チームリーダー 近藤 昭彦(こんどう あきひこ)
副チームリーダー 白井 智量(しらい ともかず)
テクニカルスタッフ 中谷 由佳(なかや ゆか)
テクニカルスタッフ 岡本 真美(おかもと まみ)

1.背景                                  
限られた化石燃料の利用量を減らし、地球の資源と環境を保全することは、人間社会における最も重要な課題の一つです。化石燃料はエネルギー源として利用されるとともに、含まれる炭素は様々な製品の原料となります。しかし、化石燃料は枯渇するだけでなく、温室効果ガスを発生させるなど、環境負荷の面で問題が多く、また、日本のように化石燃料の乏しい国にとっては、経済的な負担の要因ともなります。
光合成は、光を吸収して二酸化炭素を固定することによって、地球上の生命を支えています。光合成を行うことで二酸化炭素を有機物へと変換できることから、光合成を利用した二酸化炭素の工業原料化が期待されています。光合成の工業的な活用法を確立することで、限られた化石燃料の保全や温室効果ガスの削減につながることが期待されます。
光合成というと植物が有名ですが、コケや藻類、細菌も酸素発生型の光合成
(副生成物として酸素を発生する光合成)を行います。ラン藻(シアノバクテリア)は、酸素発生型の光合成を行う細菌として知られ、増殖が速く、遺伝子改変が容易であることなど、様々な長所を有します。研究グループは、ラン藻の中でも最も広く研究されている「シネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)」を用いて、コハク酸生産技術の開発を行いました(図1)。
コハク酸は、汎用的な化学工業原料として知られており、バイオプラスチックの原料ともなります。現在は石油から合成されていますが、近年、生物を利用した「バイオコハク酸」の生産が盛んになっています。しかし、現在のバイオコハク酸は、糖を微生物に与えて生産しているため、人間の食糧・燃料と競合するという問題があります。

2.研究手法と成果                             
研究グループは、シネコシスティスを嫌気・暗条件で培養しました。嫌気条件とは、酸素が限りなく少ない培養条件であり、酵母や麹の「発酵」でよく知られる培養条件です。シネコシスティスの場合、窒素を吹き込んで酸素を追い出すともに、暗条件にして光合成を止めることで嫌気条件にします。シネコシスティスをこの嫌気・暗条件で培養した結果、細胞外にコハク酸、乳酸、酢酸
などの有機酸が放出されることが明らかになりました(図2)。
次に研究グループは、コハク酸の生産量を増やすために2つの方法を試みました。1つ目の方法は、副生成物である乳酸や酢酸の合成を阻害することでコハク酸を増やす方法です。いくつかの遺伝子破壊を試したところ、酢酸の合成酵素の1つである酢酸キナーゼ(Acetate kinase, ackA)の破壊によって、細胞外のコハク酸量が、対照株の約2.5倍に増えることが分かりました(図3)。
2つ目の方法は、RNAポリメラーゼシグマ因子SigEの過剰発現を利用するものです。RNAポリメラーゼとは、DNAからRNAを合成する酵素であり、シグマ因子はRNAポリメラーゼに含まれるタンパク質で、DNAと相互作用します。シネコシスティスには、9つのシグマ因子SigA〜SigIがあります。このうち、研究グループは、SigEに着目しました。SigEは、炭素の貯蔵源であるグリコーゲンの分解を促進する因子です(図2)。過去に研究グループは、このSigEのタンパク質を増やした「SigE過剰発現株」で、グリコーゲンの分解促進や有用物質の増産を確認しています。このSigE過剰発現株の嫌気・暗条件でのコハク酸生産量を調べたところ、対照株の1.5倍に増加することが分かりました(図3)。さらに、酢酸キナーゼackAの欠損とSigE過剰発現を組み合わせたところ、コハク酸量が対照株の5倍に増大するという結果が得られました。
研究グループはこのほかにも、メタボローム解析[3]によって、細胞内の代謝産物量を測定しました。この結果、コハク酸生産量の高い株では、コハク酸の細胞外への放出が促進されているだけでなく、細胞内のコハク酸合成そのものが活性化していることが分かりました。

3.今後の期待                               
今回の研究では、副生成物の生産阻害とグリコーゲン分解の促進という2通りの方法でコハク酸生産を増大させることができました。SigEは、RNAポリメラーゼという「転写」を担うタンパク質のグループに属しますが、このように転写を制御するタンパク質を利用してコハク酸を増産させる方法は、世界的に見ても非常に珍しい手法です。
また、今回の研究成果では、コハク酸が細胞外に放出されることが分かりました。細胞を壊さなくてもコハク酸を集めることができるため、生産コスト削減に寄与すると考えられます。ラン藻によって生産されるコハク酸は二酸化炭素を原料としています。このような二酸化炭素由来のバイオコハク酸の生産量が増えれば、真に環境に優しい化学工業原料の生産が可能となります。今後は、さらなるコハク酸生産量の増大や、コハク酸生産メカニズムの解明が重要となります。

4.論文情報                                
<タイトル>
Genetic manipulation of a metabolic enzyme and a transcriptional regulator increasing succinate excretion from unicellular cyanobacterium
<著者名>
Takashi Osanai, Tomokazu Shirai, Hiroko Iijima, Yuka Nakaya, Mami Okamoto, Akihiko Kondo, Masami Yokota Hirai
<雑誌>
Frontiers in Microbiology
<DOI>
10.3389/fmicb.2015.01064

5.補足説明                                
[1]シネコシスティス
最も広く研究されている淡水性、単細胞性のラン藻。増殖が速く、直径が約1.5マイクロメートルの球形をしている。窒素固定を行わない。1996年に、ラン藻種の中で最初に全ゲノム配列が決定された。相同組換えによる遺伝子の改変が可能であり、凍結保存が可能であるなどの利点を有する。

[2]RNAポリメラーゼシグマ因子
RNAポリメラーゼは遺伝子であるDNAからRNAを合成する酵素であり、シグマ因子は、RNAポリメラーゼの中に含まれるタンパク質である。シグマ因子は、DNAと結合し、転写を開始させる役割を持つ。

[3]メタボローム解析
細胞内の代謝産物(メタボライト)を一斉に解析する分析手法。

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