基礎医学医療研究に向けた助成金「生体の科学賞」受賞者が決定 ...

基礎医学医療研究に向けた助成金「生体の科学賞」受賞者が決定  ~第4回受賞者:東京女子医科大学薬理学教室 丸 義朗氏~

公益財団法人金原一郎記念医学医療振興財団(所在地:東京都文京区本郷1丁目28番24号 IS弓町ビル7階、代表者:野々村 禎昭)は2020年2月14日(金)、第4回生体の科学賞を東京女子医科大学の丸 義朗氏に授与することを決定しました。


「生体の科学賞」

http://www.kanehara-zaidan.or.jp/index.html



<受賞者>

氏名:丸 義朗(まる よしろう)

   1959年1月17日生(61歳)※2020年3月6日現在

所属:東京女子医科大学薬理学教室

役職:教授

履歴:1983年3月 東京大学医学部医学科卒業

   1983年4月 国家公務員共済組合連合会虎の門病院内科レジデント

   1985年6月 東京大学医学部付属病院 第3内科血液グループ医員

   1989年6月 カリフォルニア大学ロサンゼルス校ハワードヒューズ医学研究所留学

   1993年4月 東京大学医科学研究所細胞遺伝学 助手

   1996年8月 東京大学医科学研究所腫瘍抑制研究分野 助教授

   2002年4月 東京女子医科大学医学部薬理学講座 教授・講座主任、現在に至る



<テーマ>

転移前微小環境形成における神経ガイダンス分子の役割

Involvement of neuronal guidance in premetastatic niche formation



<授賞式>

授賞式:2020年3月6日(金)17時

    株式会社医学書院・会議室

    東京都文京区本郷1丁目28番23号

助成金:500万円



<授賞の理由>

がんによる死亡原因の大半は転移によるため、いかに転移を防ぐかが生命予後の向上にもっとも重要です。がん細胞の転移臓器嗜好性を決める要因については、Paget博士の「種(がん)と土壌(転移先の臓器)」説が有名ですが、その詳細はいまだ不明です。丸博士はこの難問に長年挑戦されています。その研究は神経ガイダンス因子として有名なEphA1を発見した30年前に遡ります。その後、EphA1が肺の血管内皮に発現していること、がん細胞がEphA1を活性化するephrin-A1を分泌し肺の血管内皮を刺激することにより転移に適した環境を醸成することなど、いわば「種が土壌を耕す」メカニズムを明らかにしました。丸博士は肺転移を抑制する薬剤開発にも取り組んでおられ、その研究はがんの理解のみならず治療にも大きく貢献することが期待されます。今後の研究の発展を願い、第4回「生体の科学賞」を授与します。



<研究の目的>

申請者らはこれまで、原発巣に存在するがん細胞が特定の臓器に転移する前の段階で、その臓器に将来的に転移してくるがん細胞を受け入れる微小環境(転移前微小環境)を形成しているという理論を展開し、特に肺転移におけるその物理的証拠を示してきた(発表論文7,14,15,19,21)。肺における転移前微小環境の構成要素で転移性がん細胞の侵入を促進するのは、(1)骨髄から動員される骨髄球系細胞、(2)透過性が亢進した肺血管床、および(3)血管内皮細胞周辺におけるfibrinogenの沈着であり、病理学的実態は無菌性炎症である(発表論文5, 著書8総説)。


分子動態的には、原発巣由来のVEGF、TNFやCCL2が転移先となる肺でS100A8,SAA3の発現を上昇させることに起因する。両者ともにTLR4の内因性リガンドであり、TLR4を発現する骨髄球系細胞の動員、肺血管透過性を亢進させること、このTLR4系が転移前微小環境形成に重要であることを遺伝子組換えマウスなどを用いて証明してきた。肺血管内皮細胞では、申請者が発見したEphA1(発表論文22)とそのリガンドである膜結合型ephrin-A1の結合が細胞間接着に寄与し血管透過性を調節しているが、原発巣からADAM12によって切断された遊離型ephrin-A1が放出されると、肺血管内皮細胞のEphA1およびEphA1と高い相同性を示すEphA2を刺激し肺血管透過性が亢進すること、S100A8がTLR4を介してephrin-A1発現を誘導することも証明した(発表論文13)。TLR4や遊離型ephrin-A1による肺血管透過性亢進を阻害すると肺転移は抑制される。さらに、最近申請者らは第X凝固因子を発現する骨髄由来NK細胞が、vitronectinの発現によって肝臓に動員され、そこで刺激されて発現をvitronectinからthrombospondinにスイッチして肺へ移動し、そこでfibrinogenの分解することによって、転移前微小環境形成を負に制御し、がん細胞に対し細胞殺傷能力を持つ(発表論文4)。Vitronectinとthrombospondinともfibrinogenの結合分子であることが知られている。この抗転移性のNK細胞は、S100A8誘導などの原発巣主導によるものと異なり、原発巣を有する生体の防御反応であると考えている。興味深いことに、転移前肺ではSemaphorin 3Aの発現が低下していた(発表論文21)。腎臓の損傷モデルでは、TLR4依存性にSemaphorin 3A阻害ペプチドが腎臓の損傷レベルを抑制することが知られており(Am J Physiol Renal Physiol 307, F183, 2014)、転移前肺におけるSemaphorin 3A発現低下も生体防御機転ではないかと考えている。TLRとその内因性リガンドによる組織恒常性の破綻を転移前微小環境の形成因子とする本転移理論を肝臓への転移に応用し、現在TLR2とその新規内因性リガンドの重要性にたどり着いている(論文準備中)。TLRと神経系との関わりも最近重要視されてきている。申請者らの見出したS100A8-TLR4系がストレス誘発性のうつ病に関与すること(Neuron 99, 464, 2018)、TLR8の内因性リガンドmiR-21はがん細胞から分泌されるマイクロRNAであるが、脊髄の神経損傷が後根神経節の神経細胞でTLR8とmiR-21の発現を誘導し、この両者によって神経疼痛が発生すること(J Exp Med, 215, 3019, 2018)、などが知られている。これに加えて、血管内皮細胞における酸化LDL受容体として動脈硬化における重要性が信じられてきたLOX-1のノックアウトマウスでは全身性(肺、肝、骨など)の転移が抑制されることを見出している(未発表)。LOX-1は後根神経節における神経細胞に発現し、活性酸素産生酵素Nox2を介して活性酸素による神経細胞の細胞死が誘導されること(Diabetes 58, 2376, 2009)、白血球のローリングと接着に関与すること(Proc Natl Acad Sci USA, 100, 1274, 2003)や血液凝固因子Factor VがLOX-1の内因性リガンドであり、LOX-1がプロトロンビナーゼ複合体である第V凝固因子-第X凝固因子-Ca2+-リン脂質を活性化し、血液凝固を促進すること(特許第6362209号 抗血液凝固剤、沢村 達也ら、出願日2013年12月27日)が知られている。


近年、発生の過程で本質的な役割を果たしていると信じられてきた神経ガイダンス分子群が、白血球の動員や炎症の特に収束過程に関与していることが明らかになり議論がおこっている(Trends in Immunol 38, 444, 2017)。Eph-ephrin系、Semaphorin系、Vitronectinとthrombospondinなどの接着関連分子、これらは全て神経ガイダンス分子として知られているが、伸展、退縮(通常の細胞では運動方向性の賦与)に加え、神経細胞の細胞死、シナプス形成(細胞間接着)を含めたものを広い意味での神経ガイダンスとして捉え、LOX-1もこの仲間に加えて解析する。神経ガイダンス分子群の自然免疫における内因性リガンド、NK細胞、凝固システムとの関連については、ほとんど知られていない。転移前微小環境におけるこれらの意義を解明することを目的とする。



<生体の科学賞について>

基礎医学医療研究領域における独自性と発展性のあるテーマに対して、現在進行しているもの、計画立案中など、現時点の状況は問わず、研究に要する費用への支援を目的とした助成金です。「生体の科学賞」と賞の称号を冠していますが、過去の業績のみを対象とするものではなく、今後の研究計画も選考評価の大きなポイントとします。また、所属の異なる複数の研究者による研究内容であっても、本助成金申請者が中心的役割を果たしていれば問題ありません。なお、一定程度の期間経過後に報告書の提出を求めますが、助成金の明細、使途、使用期限に関する制限は設けていません。また、優劣をつけがたい優れた応募がある場合でも受賞は1件なので、一度の不採択に懲りず、再応募されることを期待します。



<生体の科学賞選考委員(五十音順・敬称略)>

岡本 仁  :理化学研究所脳神経科学総合研究センターチームリーダー

金原 優  :株式会社医学書院代表取締役会長

栗原 裕基 :東京大学大学院教授

野々村 禎昭:東京大学名誉教授

松田 道行 :京都大学大学院教授



<公益財団法人金原一郎記念医学医療振興財団について>

当財団は、株式会社医学書院の創立者、故金原 一郎の遺志を継ぎ、基礎医学・医療研究への資金援助と人材育成を目的として1986年12月に設立されました。具体的な活動内容は、基礎医学・医療分野の(1)研究への助成、(2)研究対象の学会・研究会および研究者の海外派遣への助成、(3)外国人留学生への助成、(4)研究成果の出版に対する助成、(5)その他財団の目的を達成する為に必要な事業、などです。


1987年4月より活動を開始、特に主要である助成事業について、対象は国内の研究者にとどまらず、留学生受入助成金もあり、今後の活動に一層の期待が寄せられています。また、これらの事業内容により2012年4月1日に公益財団法人の認定を受けました。

詳細については財団のウェブサイト http://www.kanehara-zaidan.or.jp/ を参照して下さい。

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