世界クラスの体操競技選手の脳の特徴を明らかに
新たなトレーニング法開発や競技能力の客観的評価に役立つ可能性
順天堂大学スポーツ健康科学部の福尾 誠 非常勤助教、大学院スポーツ健康科学研究科の和氣秀文 教授および内藤久士 教授、医学研究科放射線診断学の鎌形康司 准教授、青木茂樹 教授、脳神経外科学の丹下祐一 准教授および菅野秀宣 先任准教授らの共同研究グループは、解像度の高い画像を得ることができる高磁場3テスラMRI*1を用いることにより、世界クラスの日本人体操競技選手に特徴的な脳の構造があることを明らかにしました。MRIの脳の3次元像をもとに、体操競技選手と一般人の脳灰白質*2体積を比較し、さらに選手の競技力と灰白質体積との関係を調べたところ、体操競技選手では運動機能、空間認識、視覚、感覚情報の統合、実行機能、作業記憶といった体操競技に密接な関わりのある機能をコントロールする脳領域が一般人に比べて大きく、とくに、一部の脳領域が、競技成績と相関していることを明らかにしました。本研究の成果は特定の機能をもつ脳の部位が体操競技に重要であることを示すとともに、本研究で用いた手法が世界クラスの体操競技選手を目指すための新たなトレーニング法開発や、選手の潜在的な競技能力を評価するための客観的な指標として役立つ可能性を示しています。本論文はThe Journal of Physiological Sciences誌のオンライン版で公開されました。
本研究成果のポイント
・3テスラMRIを用いて世界クラスの日本人体操競技選手の脳の構造を解析
・体操競技選手に特徴的な脳の構造と競技力に関連する脳領域が明らかに
・体操競技における新たなトレーニング法開発や、選手の客観的な競技能力指標として役立つ可能性
・体操競技選手に特徴的な脳の構造と競技力に関連する脳領域が明らかに
・体操競技における新たなトレーニング法開発や、選手の客観的な競技能力指標として役立つ可能性
背景
近年、国内外における体操競技への関心の高まりとともに、体操競技に関する研究報告も増えています。しかし、その多くは技に関する調査や指導方法に焦点が当てられており、体操競技選手の医科学的特性についてはほとんど調査されていません。また、近年のMRI技術の発展により、スポーツ活動時における脳のさまざまな領域の活性化やトレーニングがもたらす神経系への効果に関する研究が注目されていますが、体操競技に着目した報告はほとんどありません。体操競技は筋力、スピード、パワー、柔軟性、バランス機能、巧緻性(巧みに体を操作する能力)などの体力要素を最大限に活用し、アクロバティックな身体活動を競う競技であることから、非日常的な動作を伴うため、脳の構造と機能には特殊性があると考えられます(図1‐A)。
そこで今回、研究グループは世界クラスの体操競技選手の高度な技術を支える神経基盤を明らかにすることを目的に、解像度の高い画像を得ることができる3テスラMRIを用いて脳の3次元像を撮像し、現役体操競技選手と競技経験がない健常者の脳の構造と機能について比較して解析を行いました。
内容
本研究では、世界大会で入賞歴のある現役日本人体操競技選手10名と体操競技経験がない健常者10名を対象として3テスラMRIによる脳の高分解3次元T1強調像*3を撮像し、脳の形態を解析するVolume-based morphometry *4法を用いて、両者の脳灰白質体積を比較しました(図1‐B)。また、競技成績(Dスコア*5)と脳灰白質体積との関連についても解析しました。
その結果、体操競技選手群では、対照群に比べて、下頭頂小葉、中側頭回、中心前回、吻側中前頭回、および上前頭回の灰白質体積がそれぞれ有意に増加していました(図1-C)。これらは運動機能、空間認識、視覚、感覚情報の統合、実行機能、作業記憶といった体操競技に密接な関わりのある機能をコントロールする脳領域です。さらに、体操競技選手の脳灰白質体積とDスコアの平均値(すなわち全ての種目を考慮した総合的競技力)との相関解析では、下頭頂小葉(空間認識、視覚、感覚情報の統合に関わる領域)や吻側中前頭回(実行機能、作業記憶に関わる領域)において有意な相関関係が認められ(図1-C)、一方、骨格筋制御に直接関わる中心前回には競技力と灰白質体積との間に相関関係は認められませんでした。
以上の結果から、世界クラスの体操競技選手ではアクロバティックな身体活動を支える特殊な神経基盤が構築されていることが明らかになり、また、競技力をさらに高めていくためには、運動系出力を制御するための空間認識、視覚、感覚情報の統合、作業記憶などの脳の機能の向上が重要であることが示唆されました(図1-C)。
以上の結果から、世界クラスの体操競技選手ではアクロバティックな身体活動を支える特殊な神経基盤が構築されていることが明らかになり、また、競技力をさらに高めていくためには、運動系出力を制御するための空間認識、視覚、感覚情報の統合、作業記憶などの脳の機能の向上が重要であることが示唆されました(図1-C)。
今後の展開
本研究によって、特定の脳の部位の機能を高めることが卓越した体操競技力の発揮に重要であることが明らかになりました。この成果により、世界クラスの体操競技選手を目指すための新たなトレーニング方法の開発や、選手の潜在的な競技能力を評価するための客観的な指標として役立つ可能性があります。一方で、世界クラスの体操競技選手の脳の特徴が、長期間の体操競技トレーニングによるものなのか、競技をはじめる以前から有している特徴なのかについてはまだわかっていないため、今後さらに縦断的なアプローチによって明らかにしていく必要があります。また、他の競技についても同様の調査を行うことによって、世界クラスの選手人材の育成に繋がることが期待できます。
用語解説
*1 3テスラMRI: 解像度の高い画像をとることができる、最先端医療機器。テスラは磁場の強さの単位。
*2 脳灰白質: 脳のなかで神経細胞体が集まっている部分。
*3 T1強調像: MRIで得られる画像の一種。一般的に水が黒く低信号、脂肪が白く高信号で描出され、脳の解剖学的な構造を判断しやすい。
*4 Volume-based morphometry (VolBM) : MRI画像データを用いて脳形態を解析する手法の一つ。
*5 Dスコア: 体操競技の採点方式の一つ。技の難しさなど構成内容を評価するもの。
*2 脳灰白質: 脳のなかで神経細胞体が集まっている部分。
*3 T1強調像: MRIで得られる画像の一種。一般的に水が黒く低信号、脂肪が白く高信号で描出され、脳の解剖学的な構造を判断しやすい。
*4 Volume-based morphometry (VolBM) : MRI画像データを用いて脳形態を解析する手法の一つ。
*5 Dスコア: 体操競技の採点方式の一つ。技の難しさなど構成内容を評価するもの。
原著論文
本研究はThe Journal of Physiological Sciences誌のオンライン版で(2020年9月21日付)先行公開されました。
タイトル: Regional brain gray matter volume in world class artistic gymnasts
タイトル(日本語訳): 世界クラスの体操競技選手における局所脳灰白質体積
著者: Makoto Fukuo, Koji Kamagata, Mana Kuramochi, Christina Andica, Hiroyuki Tomita, Hidefumi Waki, Hidenori Sugano, Yuichi Tange, Takumi Mitsuhashi, Wataru Uchida, Yuki Takenaka, Akifumi Hagiwara, Mutsumi Harada, Masami Goto, Masaaki Hori, Shigeki Aoki, Hisashi Naito
著者(日本語表記): 福尾誠1), 鎌形康司2), 倉持麻奈2,3), アンディカ クリスティナ2), 冨田洋之1), 和気秀文1), 菅野秀宣4), 丹下祐一4), 三橋匠4), 内田航2,3), 武中祐樹2,3), 萩原彰文2,5), 原田睦巳1), 後藤 政実6), 堀正明2), 青木茂樹2), 内藤久士1)
著者所属:1)順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科, 2)順天堂大学大学院医学研究科放射線医学, 3)東京都立大学放射線科学域, 4)順天堂大学大学院医学研究科脳神経外科, 5)東京大学大学院 医学系研究科放射線医学講座, 6)北里大学 医療衛生学部
DOI: 10.1186/s12576-020-00767-w
タイトル: Regional brain gray matter volume in world class artistic gymnasts
タイトル(日本語訳): 世界クラスの体操競技選手における局所脳灰白質体積
著者: Makoto Fukuo, Koji Kamagata, Mana Kuramochi, Christina Andica, Hiroyuki Tomita, Hidefumi Waki, Hidenori Sugano, Yuichi Tange, Takumi Mitsuhashi, Wataru Uchida, Yuki Takenaka, Akifumi Hagiwara, Mutsumi Harada, Masami Goto, Masaaki Hori, Shigeki Aoki, Hisashi Naito
著者(日本語表記): 福尾誠1), 鎌形康司2), 倉持麻奈2,3), アンディカ クリスティナ2), 冨田洋之1), 和気秀文1), 菅野秀宣4), 丹下祐一4), 三橋匠4), 内田航2,3), 武中祐樹2,3), 萩原彰文2,5), 原田睦巳1), 後藤 政実6), 堀正明2), 青木茂樹2), 内藤久士1)
著者所属:1)順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科, 2)順天堂大学大学院医学研究科放射線医学, 3)東京都立大学放射線科学域, 4)順天堂大学大学院医学研究科脳神経外科, 5)東京大学大学院 医学系研究科放射線医学講座, 6)北里大学 医療衛生学部
DOI: 10.1186/s12576-020-00767-w
本研究は私立大学研究ブランディング事業(脳の機能と構造を視る:多次元イメージングセンター)およびJSPS科研費JP18K09005の支援を受け実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
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