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IEEEメンバー 標準化キュレーター西 宏章氏の提言  日本のスマートグリッドが世界標準になる日

 IEEE(アイ・トリプル・イー)は、IEEEメンバーで、IEEE P2030作業部会メンバー慶應義塾大学准教授の西 宏章氏が、日本のスマートグリッド標準化のカギを提言します。

西 宏章 氏
西 宏章 氏

 電気は、インフラサービスの一つです。近年、特に震災以降において、電気を使う法人や一般家庭(電力需要側)の電力利用に対する要求が多様化しています。電力供給に関連した様々な話題が報道されていますが、今後の流れや各種キーワードは、電力需要側の要求と電力供給の多様化という観点により、一つにまとめることができます。

 まず、電気料金値上げの問題があります。高騰する燃料費を賄うことが目的であるとされていますが、選択幅のない一方的な料金設定には反対意見が多数見受けられます。電力自由化が行われている国では、料金制度を自由に設定できるため、例えば自然エネルギーの電力がどの程度含まれている電力を利用するか、といった契約の差異で電気料金が変わるなど、様々な料金体系が提示されています。日本でも、均一料金の他に、昼夜間格差電力メニューが設けられていますが、さらに、多様な要求にこたえることは、インフラサービスにとって重要といえます。

 例えば、主要各国の料金体系を見てみますと、イタリアの大手電力会社Enelの場合、「sera」:19時から深夜1時までの6時間が割安(-16%)、「weekend+」:週末が平日よりも割安(-22%)、「Otto sette」:平日20時から7時までの11時間、および週末が割安(-6%)といった例が示されています。また、イギリスのSSEは、2012年6月末現在、「Standard Energy」料金を基本として、2年間固定料金とする「2YR FIXED PRICE PLAN 2」、3年間固定料金とする「Price fix8」、これらのオプションとして、スマートエネルギーサービスオプション「iplan」、省エネに対する報酬制度「betterplan」、ポイント制度である「Argos」「energyplus Argos」、基金制度である「energyplus Plus」、100%再生可能エネルギーによる電力を利用する「oplan」などがあります。終了しましたが、グリーンエネルギーを利用する「RSPB energy」といったプランも提供されていました。
 フランスEDFのOption Tempoも興味深い料金体系です。フランス国旗に合わせた「Red」、「White」、「Blue」の料金基準があり、「Red」は、需要ひっ迫が見込まれる日中に対して適用される料金体系で、日中非ピーク時の10倍近い料金が設定されます。11月から3月の22日に適用され、最大で休日を除く5日連続で適用可能です。「White」は、比較的高い需要が見込まれるときの料金で非ピーク時の約2倍の料金となります。年間で休日以外の43日間に適用されます。「Blue」は、それ以外の300日に適用される昼夜別料金となります。これらの色は、前日17:00に電子メールやインターネットで公開され、メータや家電の表示が変更されます。そして、当該日午前6時に新しい色が適用されます。
 同様の料金制度は他でも取り入れられており、米国のPG&Eでは3時間ごと、同じく米国のAmeren(AEE)では、翌日1時間ごとの料金がインターネット上で公開され、それに従って課金されます。また、PG&EのSmartACでは、電力逼迫時に6時間を限度として電力供給側が空調を15分間隔で制御する制度があり、このプログラムに参加すると制御機器を無料に導入できるとともに、報奨金を受け取ることができます。米国のGB&Eでも、PeekRewardsとよばれる、エアコン制御率に応じた報償額制度があります。
 日本でもこの流れを取り入れるべく、経済産業省より「BEMS*1アグリゲータ」*2と呼ばれる案件・公募が提示され、多くの企業がこの公募に応募し、当初の採択予定件数10件を大きく上回る21件が採択されています。

*1BEMS:ビル・エネルギー管理システム(Building and Energy Management System)。室内環境とエネルギー性能の最適化を図るためのビル管理システム。

*2BEMSアグリゲータ:中小規模ビル等にBEMSを導入すると共に、クラウドシステムによって自ら集中管理システムを設置し、事業者に対してエネルギー管理支援サービス(エネルギーの見える化・デマンド制御など)を行う者として、「一般社団法人環境共創イニシアチブ(SII)」から登録を受けたもの。

 また、脱・縮原発と再生可能エネルギーといった、供給面での要求があります。これは、原子力で作られた電力は使いたくない、地球温暖化等の問題解決のため再生可能エネルギーを利用したいといった、意見を反映しているといえます。将来のエネルギーバランスについての議論がなされていますが、再生可能エネルギー導入促進の動きは今後も継続して行われるため、このような再生エネルギーの導入に伴う、供給資源の多様化は常に考えなければなりません。原油価格の高騰についても、長期的にみれば避けられないと考えられますので、脱・縮原発を進めるのであれば再生可能エネルギー導入は継続して行わなければならないと言えます。我が国がスマートグリッドを必要とする大きな理由の一つが、この不安定な再生可能エネルギーの導入を円滑に進めるためであるといわれています。
 エネルギーバランスの議論では、原発推進・減原発・脱原発・電力削減といった様々な選択肢が議論されていますが、我々がどのような選択を行ったとしてもスマートグリッドは重要な役割を果たします。原子力発電は、昼夜を問わず安定的に電力を供給しますが、需要が日中に集中することを考えれば、夜間の余剰電力の日中効率利用、さらには日中需要の調整が重要となります。スマートグリッドは、電力需要の平準化において、重要な役割を果たします。原子力発電の利用削減もしくは、停止、さらには不足する電力需要を低減するといったいずれの場合においても、低炭素社会の実現を考えれば、不安定な再生可能エネルギーの積極的な利用が必要であり、スマートグリッドによる管理と需要・供給の同時同量実現が必要となります。また、災害時の対応についても、迅速な状況把握、避難所における生命維持といった緊急かつ重要な電力資源の確保、被災により電力がひっ迫した状況での安定供給といった点において、スマートグリッドは威力を発揮することでしょう。

 次に、電力の自由化や発送電分離の議論についても同様にまとめることができます。2014年以降、これまで対象外であった一般家庭も電力自由化の対象とすることや、新規企業参入に対する税制や制度上の優遇制度などを併せることで、自由競争原理を取り入れる方針が示されました。さらに、電力自由化における新規企業参入を促すために、電力会社の送電部門と発電部門を分離する方針も示されました。自由化により、複数の供給会社による多様な電力メニューが提示可能となるため、需要側に選択の自由を与えると共に、満足度の高いインフラサービスへと発展する可能性があるといえます。一方で、発送電分離によるデメリットも指摘されています。分離の結果、供給と需要のバランスは市場原理のみによって均整がとられるため、電力供給が不安定化し、最悪の場合には米国カリフォルニア州で起きた大停電のような停電が発生するという指摘があります。このカリフォルニアの例では、増大する電力需要に対して、電力会社が規制により卸売価格上昇を消費者に転嫁することができず逆ざや状態が発生し、発電会社への支払いが滞る結果、発電会社が発電量を絞ったことにより発生したとされています。つまり、規制のかけ方に問題があった、電力供給量に対する明確な目標がなかったといった反省点が指摘されています。この様な反省に立って、正しく自由化を進めることも大事であるといえます。
 電力自由化を選択し、電力供給側も供給量を自由に設定できるという事になれば、通常の商取引のように、需要が拡大して供給が間に合わない事態を想定しなければなりません。電力価格のつり上げが不正に行われることも想定しなければなりません。電力は食糧同様必需品ですから、カリフォルニアの例でも行われたように何かしらの安定供給保護処置など、法の介入が必要になるとも言えます。また、電力自由化は電気料金が安くなる点だけが強調されますが、それだけが目的ではありません。正しく運営することで、市場が判断して様々な選択肢を得ることできること、その多様性が重要といえます。例えばですが、自然エネルギーがほぼ100%で電気料金が2倍というメニューが存在してもなんら不思議ではありません。企業がこのようなエネルギーを購入し、戦略的にグリーン企業であることをアピールすることで、企業収入増に繋がる可能性があるためです。ただし、メニューが増えるため、契約形態の複雑化は不可避といえます。とはいえ、自由化され様々な料金メニューが提供されている通信業界について、以前の自由化されていないが単一の分かりやすいメニューが提供されていた時代に戻りたいという利用者は、殆どいらっしゃらないのではないでしょうか。海外でも、電力自由化後の事後評価がいくつか行われていますが、多くが肯定意見で占められています。

 最後に、電力会社経営モラルにおける多くの問題指摘についても同様に理解することができます。需要側が求める電力会社のモラルと、その現実とのかい離が、報道等において多数指摘されており、需要側から大きな不満が沸き起こっています。単純に価格や安全性だけでなく、サービスの質や、企業理念、企業イメージにより消費者が自由に商品を選択することはごく一般的ですが、現在の独占的な電力マーケットでは、この様な一般的な需要供給原理が働くことはなく、このことが、自由化と多様化を求める一つの要因となっています。

 このような多様化を支える技術にはどのようなものがあるか、述べたいと思います。電力供給システムの多様化の過程で、米国ローレンス・バークレイ研究所のChirs Marnay(クリス・マーネィ)博士が2002年頃提案したマイクログリッドという考え方は重要なキーワードです。通常、電力システムは、巨大な電力供給網に繋がれた発電所と需要家群により画一的に構成されますが、その需要特性や利用形態には地域性があり多様性を内包しています。巨大システムによる電力供給の安定性確保の方法によらずとも、情報通信技術の導入により地域で閉じた電力安定が可能となれば、地域に多様な電力供給設備を導入して、その地域の電力需要を賄う小さな電力システムが構築できます。このようなマイクログリッドの構築・運用例は数多く報告されています。例えば、最近では、清水建設による米国ニューメキシコ州アルバカーキの取り組みが著名です。商業施設に先進的な分散電源システムや系統安定システムを導入し、同じ電力系統にあるスタジアムを含めた地域電力系統の安定化を一手に担う機能を備えつつ、従来の商業施設に比較してエネルギー利用効率を大幅に向上させています。このようなマイクログリッドをさらに結び合わせることで、巨大な電力供給網の構築も可能になるのではないかといった研究も含め取り組まれています。
 発電量が不安定である自然エネルギーの大量導入には、情報通信技術を利用し、安定化させることが必須です。スマートグリッドは、次世代電力供給網であり、その目的は、発電・送電・配電・利用の制御、それぞれの情報の開示と提供、さらに他のサービスとの融合も含めた、電力網の多機能・高機能化を可能にします。したがって、スマートグリッドは、多様化する電力の要求に応じることができるといえます。需要側の要求を集め、処理し、提供するシステムが求められますが、このような情報の収集・加工・共有・検索・配信は、情報通信技術の一般的な取扱い範囲に含まれます。通常、インターネットの世界では多様なユーザーの要求を集め、様々なサービスへと展開し、ユーザーへと還元することが行われています。例えば、オンラインショッピングでは、購入者からの口コミ情報を集めて提供しており、多くの人がこの口コミ情報を参考に商品を選んでいるといわれています。永遠のβ版という用語が示すように、ネットワークサービスは常にユーザーの声を取り入れながら、変革を続けています。また、制御システムの構築においても情報通信技術が必須です。これは、精度の良い制御を行うためには、できるだけ低遅延で必要となる様々な情報を集める必要があるためです。特に電力網の安定化には、数十ミリ秒といった時間内に、情報収集、計算、制御をすべて行わなければならないといわれており、先進的な情報通信システムの導入が不可欠です。さらに、料金決定・徴収システムにおいても、情報通信技術を利用することで多様な要求を網羅した魅力あるサービスが提供できる可能性があります。具体的には、ピーク時の電力カット要求に対し通信網を利用して受け取り、それに応じた場合は料金還元やポイント支給を行うといったサービス、さらには、電子マネーとの融合による支払やポイント利用の利便性確保も可能となります。電力網は情報通信技術と密に結合することで、多様化に対応できるといえます。

 その情報通信技術の歴史を紐とくと、1985年の通信自由化により通信の多様化にいち早く対応した結果、日本は韓国と並ぶブロードバンド大国となりました。その後の対外政策や対外輸出・展開においては、取り組みが不十分であるなどの問題点も指摘され、これまでに苦い経験も味わいました。この苦い経験の一例として、i-modeを取り上げたいと思います。
 i-modeは当時すぐれた技術でしたが、特に国際標準化といった議論がなされず、独自規格となりました。海外展開も試みられましたが、受け入れられず、投資が無駄になった経緯があります。標準化で日本がリードできなかったことが、問題の一つであると考えられます。さらに、当時の日本は主に独自規格で通信網が提供されていましたが、外圧により海外標準規格の通信網の導入が推進された経緯もあります。つまり、独自路線ですすめば、外圧により市場公開を迫られることが起こり得るといえます。同様に電力網においても、海外規格の導入を如何に拒むかという議論よりも、海外規格を取り入れて、国際競争の場に立ったその後をどうするのかを議論することの方が、より建設的な議論ができるのではないかと考えられます。電力網の多様化対応には、情報通信技術との融合が最善手であることは間違いなく、現在のこのような流れがスマートグリッドという形で世界的に議論されているといえます。

 では、日本もこの潮流に沿って進んでいきつつ、継続して技術立国という立場を維持し、リーダシップをもって今後の世界展開をはかるためには、一体何が必要となるでしょうか。その答えはいくつかあります。
 まず取り組むべきは世界標準化において日本がリーダシップを示すことであると考えています。通信の例でも学んだとおり、世界は自由なマーケットを好みます。同じ土俵で競わず独自路線を貫いた結果、海外企業が日本では自由に商売ができないと判断されればWTO提訴といった手段に訴えられかねません。中国が技術を前面に出して世界市場に攻勢をかけていますが、背景には、中国が標準化においても大きな役割を果たしているという事実があります。実際、IEEE-SA(IEEE標準化委員会)がまとめた「米国以外のリーダシップによる標準化活動」の一覧には、中国の案件が8件紹介されています。その他、韓国、フランス、インド、イスラエルなどが挙げられていますが、この一覧に日本は含まれていません。ある意味、標準化について議論をそれほどすることなく、技術だけで世界に展開できている日本は特異ともいえ、実は素晴らしい技術力をもっているともいえます。しかし、今後は、競争が激化するなかで、技術向上と標準化活動、この両輪が世界展開には不可欠となります。

 この両輪を実現するためには、やはり積極的な標準化活動と、それを支える様々なサポート、そしてなによりも、先を見通したビジョンが必要であると言えます。業界標準ともいえる携帯端末用プロセッサARM*1は、初期から低消費電力に特化していたところに携帯電話需要の増大が押し寄せ、人気が上昇しました。さらに、ARMを採用する側も、ARMと契約を結んでいる世界で30社以上ともいわれる半導体ベンダーがチップ供給源として考えることができるため、安定してチップの入手が可能で、かつ安い購入先を決定できるといったメリットがあります。一方で、供給側は価格競争に陥りやすいと言えます。そうであるとしても、ARMやARMを利用した製品サービスが利益を上げているように、より上位のサービスや、他にはない付加価値を与えるなど、上位かつ広範囲なマーケティングを考え、ビジョンを立てることが求められるといえます。どこでも通信手段を得るというビジョンのもと始まったイーサネットの技術革新は、その標準化により通信端末コストや通信コストを押し下げ、インターネットという巨大市場を育てました。かつて、日本の企業も携帯ステレオなど、ライフスタイルを変える明確なビジョンを出してきました。米国の現在元気な企業も明確なビジョンを出し、かつそのビジョンを実現するためにあらゆる努力を続けていると言えます。我々も、まだビジョンを出せるはずです。

*1電力消費量が小さく、大きなメモリを搭載できない制御機器や、携帯電話やPDAなどの携帯機器の組み込み用プロセッサとして広く普及している。

IEEE-SA(IEEE標準化委員会)では、標準化プロセスにおける各国の参加と協力を仰いでおり、よりオープンな標準化団体を目指そうと活動しています。また、ビジョンプロジェクトにより、30年先といった見えない先まで見通した技術動向調査と標準化ロードマップの策定を進めています。また、米国のNIST(National Institute of Standards and Technology)とよばれる標準化を扱う政府の専門機関のように、国が戦略的に標準化をリードする例も見られます。

我が国も一丸となって、技術の標準化を進める仕組みを構築し、国のサポートも得ながら標準化の舞台へ立つとともに、技術の進む先を明確に示し続けなければなりません。日本がスマートグリッドにおいて世界をリードするという観点から見れば、今がそのラストチャンスかもしれないのです。


西 宏章(にし ひろあき)
IEEEメンバー
IEEE P2030作業部会メンバー
<現職>
慶應義塾大学准教授(理工学部システムデザイン工学科)
国立情報学研究所客員准教授

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