木材由来のナノ繊維で「自然な不均質さ」を再現する新技術 ―生...

木材由来のナノ繊維で「自然な不均質さ」を再現する新技術  ―生体模倣から抗ウイルス性成型品の製造まで幅広い応用に期待―

【研究成果のポイント】

◆ 木材由来のナノ繊維を任意の配向状態で連続的に積層・固定することに成功

◆ 既存の構造制御技術よりも簡便且つ自由度が高く、自在な階層構造が実現可能

◆ 生体模倣、ナノ繊維100%の成型品製造、パターニングなど幅広い応用が期待



● 概要

大阪大学 産業科学研究所の春日貴章助教らの研究グループは、電気泳動堆積現象を用いることで木材由来のナノ繊維※1を自在に配向・積層させることに成功しました。

木材由来のナノ繊維をはじめとする生体由来材料は、生体内では高いレベルで配向し、階層構造を形成することで生命の維持に必要な各種機能を実現しています。しかし一度生体由来材料をばらばらにしてしまうと、人間の手で元通りに並べ直すことは困難です。得られる材料は不自然な均質材料となってしまい、不均質な階層構造が持つ特異な性質を再現することは容易ではありません。

今回、春日貴章助教らの研究グループは、水に分散した木材由来のナノ繊維に電圧をかけると、電極上にナノ繊維が任意の配向状態で固定されることを発見しました。配向状態は電圧の大小によって水平配向から垂直配向まで自由自在であり、異なる配向状態を積層することも可能です。本技術を応用すれば、生体組織のような複雑な階層構造を簡単に再現することが可能です。加えて、ナノ繊維のパターニングや、配向したナノ繊維ハイドロゲル※2の異方的な乾燥収縮を活かした立体成型など、多種多様な用途への展開が期待できます。


本研究成果は、米国科学誌「ACS Nano」に、2022年10月22日に公開されました。


図1 研究成果概要


● 研究の背景

持続可能な社会の実現に向けて、生体由来の高分子材料の利用が進んでいます。中でも木材由来のナノ繊維は、原料の豊富さと機能性の高さ(軽量、高強度、高耐熱、他)から様々な分野への応用が期待されています。木材由来のナノ繊維は木材を出発原料として微細化を繰り返していくことで得られます。しかし、一度ばらばらにしてしまったナノ繊維を使ってフィルムや板、ハイドロゲルといった材料を形成した場合、通常異方性のない「均質」な材料となってしまいます。

私たちの体をはじめ、天然の生体組織は構成する生体高分子が高度に配向し階層構造を形成した「不均質」な構造を有しています。天然木材は代表的な不均質材料です。異方性材料※3とも言います。木材は「木目」の方向によって、割れやすさや圧縮・引張時の強度、吸水時の膨らみやすさが異なります。木目は木材を構成するナノ繊維の束が高度に配向していることを示しており、その配向のおかげで軽くて強靭な構造を実現しています。もう一つの例は、私たちの体にもある「軟骨」です。軟骨は動作時の衝撃を吸収するクッション性と、表面の潤滑性を兼ね備えた高機能な組織です。軟骨の特性も、軟骨を構成するコラーゲン繊維が骨表面に対して、垂直、ランダム、水平にシームレスに配向・積層していることによって実現していると言われています。天然の生体組織にみられる高度な配向・階層構造を人工的に再現しようとする試みは、無数に存在します。しかし多くの場合、配向方向が限定的かつ特殊な設備、環境が必要でした。



● 研究の内容

今回の研究では、「電気泳動堆積※4」と呼ばれる現象を利用して、木材由来のナノ繊維を自在に配向させ、階層構造を形成することに成功しました。水中に分散した状態では、木材由来のナノ繊維は負に帯電しています。そこに正極・負極となる2本の電極を挿し込んで電圧をかけると、負に帯電したナノ繊維が正極に引き寄せられて電極上に堆積します。この現象を詳細に追跡した結果、正極上に堆積したナノ繊維が電圧の大小に応じて水平、ランダム、垂直配向状態で固定されることを発見しました(図2)。固定されたナノ繊維はハイドロゲルを形成しており、配向状態を反映した異方的な性質を示しました。例えば、水平配向ナノ繊維ハイドロゲルは表面の摩擦抵抗がランダム配向と比べて数分の1に低下し、垂直配向CNFハイドロゲルの圧縮強度は圧縮方向に対して最大5倍程度の異方性を示しました。


図2 a)本研究で構造制御に使用した装置及び正極上に堆積するナノ繊維のイメージ図。b)水平配向、c)ランダム配向、d)垂直配向状態で正極上に固定されたナノ繊維ハイドロゲルの外観および断面図。


応用例(1) 生体模倣※5:正極上に固定されるナノ繊維の配向状態は、印加電圧の大小で決定されます。つまり途中で印加電圧を変化させれば、水平配向の上に垂直配向を積み重ねる、その上に水平配向を積み重ねるといったことも可能です(図3a)。正極の形状も平面に限定されず、球状でも線状でも表面に一定の厚みでナノ繊維が固定されます。この特徴は、生体組織のような複雑な階層構造を形成するのに非常に適しています。例えば、球状の電極上にナノ繊維を垂直配向→ランダム配向→水平配向で積層すれば、軟骨のような複雑な階層構造を簡単に再現できます(図3b)。


図3 a)印加電圧を変化させながら堆積することで、異なる配向状態でナノ繊維を積層することも可能。b)電極形状も自由であり、例えば球状の正極に垂直配向→ランダム配向→水平配向の順でナノ繊維を積層すれば、軟骨のような複雑な生体組織も再現できる。


応用例(2) フィルム立体成型:ナノ繊維ハイドロゲルは、乾燥させると収縮して縮みます。この時ハイドロゲルを構成するナノ繊維が配向していると、縮み方は配向状態を反映します。例えば、水平配向ナノ繊維ハイドロゲルは板状に、ランダム配向は等方的に、垂直配向は棒状に縮みます(図4)。松ぼっくりの開閉や莢の開閉による種子の散布も、こういった繊維配向による異方的な乾燥収縮現象によって引き起こされています。本技術ではナノ繊維の配向制御により、異方的な乾燥収縮を自在に引き起こすことができます。この特徴を活かすと、木材由来のナノ繊維100%の様々な立体成型品を製造することも可能です。例えば立体的な正極を用意し、その表面に水平配向でナノ繊維を固定します。その後乾燥させると、割れることなく乾燥し、正極の形状に沿った立体成型フィルムが得られます(図5a-g)。あるいは、垂直配向条件で針のような形状にパターニングすると、マイクロニードルのような形状に成型できます(図5h-j)。これらの成型品は電気泳動堆積の過程で吸着した銅イオンを含みます。そのため、新型コロナウイルスにも有効な抗ウィルス性を有しています。プラスチックを使用しない次世代の成型品として期待できます。


図4 配向状態で固定されたナノ繊維ハイドロゲルは、乾燥時に異方的に収縮する。例えば、a)水平配向ナノ繊維ハイドロゲルは板状に、b)ランダム配向は等方的に、c)垂直配向は棒状に収縮する。


図5 a)例えば、球状の正極を用意し、b)その表面に水平配向でナノ繊維を固定してナノ繊維ハイドロゲルを形成。c)水平配向ナノ繊維ハイドロゲルは乾燥させても水平方向の収縮が抑えられるため割れにくく、d)乾燥後に陽極を取り外せば立体形状に沿った成型フィルムが得られる。異なる形状の正極を使用すれば、e)筒状、f)複雑形状、g)マウスピースのような形状も作製可能。h)マスクによるパターニングと垂直配向を組み合わせれば、i,j)乾燥後にマイクロニードルのような針状の成型物を得ることも可能。


● 本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、電気泳動堆積現象を用いた配向・階層構造制御という全く新しい学術領域の展開が期待できます。用途は幅広く、持続可能な高機能ナノ材料である木材由来のナノ繊維の用途拡大にも貢献します。詳細なメカニズム解明は今後の課題ですが、解明の暁には木材由来ナノ繊維以外のナノ材料や高分子材料への展開も考えられます。



● 特記事項

本研究成果は、2022年10月25日に米国科学誌「ACS Nano」(オンライン)に掲載されます。

タイトル: “One-pot hierarchical structuring of nanocellulose by electrophoretic deposition”

著者名 : Takaaki Kasuga, Tsuguyuki Saito, Hirotaka Koga and Masaya Nogi

DOI   : https://doi.org/10.1021/acsnano.2c06392

なお本研究は、JSPS科研費「特別研究員奨励費」(19J20241)、JST ACT-X(JPMJAX21K3)の一環として行われました。



● 用語説明

※1 木材由来のナノ繊維

木材を出発原料として抽出できる極細繊維で、ナノセルロース、セルロースナノファイバーとも呼ばれます。太さは3~15nmで、髪の毛の1000分の1以下の太さです。軽量、高強度、高耐熱、高透明かつ持続可能な新材料であり、実用化が進められています。


※2 ハイドロゲル

こんにゃくやゼリー、ゼラチンのような、水を多量に含んだゲル状の物質の事を指します。内部で多糖類やたんぱく質が3次元的な骨格(網目)構造を形成しており、網目の間に水を含んでいます。


※3 異方性材料

例えば、ある方向からの力には強く、ある方向からの力には弱い材料の事を異方性材料と呼びます。機械的な特性以外にも、光学的、熱的特性などにおいても異方的な性質を示す材料が存在します。


※4 電気泳動堆積

水中に差し込まれた2枚の電極に電圧をかけた場合、電極間には電場が生じます。電場中に帯電した粒子が分散していると、粒子は電場の影響で泳動し、一方の電極周囲に堆積します。但し、実際には水中で電圧をかけた場合には水の電気分解や正極金属の溶出など電気化学的な反応も生じます。電気泳動堆積はこれら複数の要因によって引き起こされます。


※5 生体模倣

生物が持つ生体組織や優れた機能を観察、分析し、材料開発やものづくりに活かすアプローチを指します。生物模倣、バイオミメティクスとも呼ばれます。



【春日貴章 助教のコメント】

自然が作り出す高度な組織構造は、機能性材料の開発においてインスピレーションの宝庫です。木材を見ても、鶏のささみを食べていても、「ああ、素晴らしく配向した組織だな」と感じます。しかし今現在の技術では、そういった高度な配向・階層構造を人間の手で再現することは容易ではありません。

本研究成果の良さは、簡便且つ自由度が高い点にあります。高価で特殊な設備は必要なく、それでいて自在な配向制御が可能です。全く新しい構造制御技術として、様々な領域で活用されることを期待しています。



● 参考URL

http://tkasuga.com/



● 本件に関する問い合わせ先

大阪大学 産業科学研究所 助教 春日貴章(かすがたかあき)

TEL  : 06-6879-8443

FAX  : 06-6879-8444

E-mail: tkasuga@eco.sanken.osaka-u.ac.jp

取材依頼・商品に対するお問い合わせはこちら

プレスリリース配信企業に直接連絡できます。

プレスリリース配信 @Press

記事掲載数No.1!「@Press(アットプレス)」は2001年に開設されたプレスリリース配信サービスです。専任スタッフのサポート&充実したSNS拡散機能により、効果的な情報発信をサポートします。(運営:ソーシャルワイヤー株式会社)