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不妊治療で用いる排卵誘発剤「クロミフェン」の新規合成法を開発 安価で迅速な製造工程の確立に期待

調査・報告
2025年3月6日 14:00
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錠剤製造のイメージ画像
錠剤製造のイメージ画像
近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)理学科化学コース准教授 松本浩一と、近畿大学大学院総合理工学研究科 博士前期課程修了 鈴木ひよの、同博士前期課程1年 東郷茜音らの研究グループは、排卵誘発剤として不妊治療で世界的に使用されている「クロミフェン」※1 (商品名:クロミッド、一般名:クロミフェンクエン酸塩)を、最短2段階で合成する手法の開発に成功しました。
従来の合成方法では、高価な原料や複数の工程を経て合成する必要がありましたが、本研究成果により従来法と比較して安価で迅速にクロミフェンを合成することが可能となります。今後この新しい合成法を実用化できれば、不妊治療に大きく貢献するとともに、製造にかかるエネルギーも低減できると期待されます。
本研究成果について、令和7年(2025年)3月26日(水)から29日(土)に関西大学 千里山キャンパスで開催される「日本化学会 第105回春季年会」において、ポスター発表を行います。

【本件のポイント】
●不妊治療で世界的に使用されている排卵誘発剤である「クロミフェン」を、最短2段階で合成する手法を開発
●本研究成果により、より安価で効率よく、製造にかかる負荷も少ないクロミフェンの製造工程確立に期待
●本研究成果を「日本化学会 第105回春季年会」においてポスター発表

【本件の背景】
排卵誘発剤であるクロミフェン(図1)は、不妊治療の際に世界中の産婦人科や不妊治療の病院、クリニックで活用されています。性腺刺激ホルモンの分泌を増やし、排卵を促す効果があり、自然に近い排卵での妊娠を希望する場合や、治療費用を抑えたい患者向けに選択される代表的な薬剤です。
クロミフェンは、昭和42年(1967年)に米国食品医薬品局(FDA)に承認されて以降、幅広く製造され使われています。先行研究において単離収率※2 を高めるいくつかの合成方法が開発されましたが、原料が高価であったり、大量生産には不向きであることが知られています。クロミフェンは、少子化の影響でますます需要が増加することが予想されるため、より安価で収率の高い製造方法の確立が望まれています。
図1 クロミフェンの化学構造
図1 クロミフェンの化学構造

【本件の内容】
研究グループは以前より、安価で入手が容易、かつ安定性と適度な反応性を有する化合物である「テトラクロロエチレン※3」に着目していました。令和6年(2024年)に、テトラクロロエチレンを原料として、発光物質であるホタルルシフェリンの短い工程での合成法を開発しており、この研究のなかでテトラクロロエチレンがクロミフェンの合成にも有用であることを発見しました。クロミフェンには塩素原子が含まれているため、原料のテトラクロロエチレンの塩素原子を1個残してクロミフェンを合成できれば、独自性が高く安価な手法になると仮説を立てました。
そこで研究グループは、テトラクロロエチレンに対して、取り扱いが容易なフェニルボロン酸※4 とパラジウム(Pd)触媒※5 を用いた鈴木・宮浦クロスカップリング反応※6 を行うことで、中間体となる「cis-1,2-ジクロロジフェニルエチレン」を合成しました(図2・1段階目)。これに、クロミフェンの部分構造のユニットを再度鈴木・宮浦クロスカップリング反応により連結させることで、2つの立体異性体(E体・Z体※7)が混ざったクロミフェンが得られることを見出しました(図2・2段階目)。一般的に販売されているクロミフェンはE体とZ体が混ざっているため、同様に混合した生成物が得られる手法は問題ないと考えられます。
現在、2段階目の単離収率は17%なので、今後さらなる収率向上や、E体とZ体の比率の精密制御、コスト削減等の検討を行うことで、より安価で迅速なクロミフェンの工業的な製造の確立が期待できます。
なお、本研究成果は、令和6年(2024年)1月11日に「クロミフェンの製造方法」(出願番号:特願2024-002858、発明者:松本浩一、鈴木ひよの、他)として、特許出願を行っています。
本研究成果を、令和7年(2025年)3月26日(水)から29日(土)に関西大学 千里山キャンパスで開催される「日本化学会 第105回春季年会」において、ポスター発表します。本学会では、クロミフェンと似た構造で乳がんに対する抗がん剤である「タモキシフェン」に関する合成法の検討についても発表します。なお、本研究成果についても同様に特許出願をしています。(令和6年(2024年)1月11日「タモキシフェン前駆体及びタモキシフェンの製造方法」(出願番号:特願2024-002873、発明者:松本浩一、鈴木ひよの、他))
図2 今回開発したテトラクロロエチレンを原料とするクロミフェンの2段階での合成法
図2 今回開発したテトラクロロエチレンを原料とするクロミフェンの2段階での合成法
【学会発表】
学会名 :日本化学会 第105回春季年会
日時  :令和7年(2025年)3月26日(水)~29日(土)
     ※本件の発表は3月26日(水)15:45~17:15
場所  :関西大学 千里山キャンパス
     (大阪府吹田市山手町3-3-35、阪急千里線「関大前駅」下車すぐ)
演題  :テトラクロロエチレンからのクロミフェン、タモキシフェンの合成法の検討
発表番号:[PB]-1vn-72
発表者 :鈴木ひよの、東郷茜音、松本浩一* *発表代表者
所属  :近畿大学大学院総合理工学研究科

【産婦人科医のコメント】
松村謙臣(まつむらのりおみ)
所属  :近畿大学医学部産科婦人科学教室
職位  :主任教授
学位  :博士(医学)
コメント:少子化対策の一環として不妊治療が注目されています。排卵障害は不妊症の主要な原因の一つであり、クロミフェンは最も広く用いられている排卵誘発薬です。今回の発見は、原材料費低下および製造工程短縮によるクロミフェンの製造コスト低下をもたらします。本研究の成果は、今後、さまざまな薬品の製造に応用されると期待されます。

【研究者のコメント】
松本浩一(まつもとこういち)
所属  :近畿大学理工学部理学科化学コース
     近畿大学大学院総合理工学研究科
職位  :准教授
学位  :博士(工学)
コメント:テトラクロロエチレンを用いた新規有機反応の開発は、令和元年(2019年)秋頃から開始しました。その後、本研究において中心的役割を果たした鈴木ひよのさんが令和3年(2021年)から研究室に加入し、彼女が研究の仮説を立てました。紙の上で考えるのは簡単ですが、実際の合成となるとうまくいかないことの連続で、根気強く3年間取り組んだ鈴木さんの功績は極めて大きく、最大限の賛辞を送りたいと思います。彼女は現在、製薬企業であるペプチスター株式会社に勤務し、中分子医薬品の研究開発に従事しており、本学の学生が第一線の製薬企業で活躍していることを大変誇らしく思います。
また、今回の特許出願は、成果が出てから出願まで準備期間45日ほどで早期に出願しました。今後も近畿大学から、革新的で実学的でもある有機合成化学、有機反応開発の成果を創発していきたいと考えています。

【研究支援】
本研究成果の一部は、「学内研究助成KD2106(研究代表 松本浩一)および研究コア③-11(代表 松本浩一)」の取り組みの成果の一環です。

【先行研究】
2024年3月13日配信 リリース
試薬等に用いられるホタルルシフェリンの画期的な合成方法を開発
今後より安価で迅速な製造工程の確立に期待
https://www.kindai.ac.jp/news-pr/news-release/2024/03/041713.html

【用語解説】
※1 クロミフェン:商品名「クロミッド」、一般名「クロミフェンクエン酸塩」として、富士製薬工業株式会社から製造販売されている排卵誘発剤。クロミッド50mgの錠剤。
※2 単離収率:有機化合物を合成した際に、純度高く取得できた場合の反応効率のこと。多くの有機反応は副反応、副生成物を生じることが多く、この単離収率の値は、有機反応の効率を評価する尺度の一つとなっている。
※3 テトラクロロエチレン:ドライクリーニングや金属洗浄の際に使用される有機溶剤の一種。油分を良く溶かす性質があり、揮発性が高い化合物である。テトラクロロエチレンに着目した分子変換はこれまでにもいくつか報告例がある。
※4 フェニルボロン酸:フェニル基を有機化合物に導入する反応に、試薬としてよく使用される。空気中で安定して存在し、商業的に広く利用されている。
※5 パラジウム触媒:遷移金属の一つで、さまざまな有機反応の触媒として有機化学、有機合成に欠かせない金属触媒の一つ。
※6 クロスカップリング反応:パラジウムなどの金属触媒を用いて、2種類の異なる成分を連結する反応の総称。日本人の貢献が大きい分野で、鈴木・宮浦カップリング(ノーベル化学賞受賞)、根岸カップリング(ノーベル化学賞受賞)、熊田・玉尾・コリューカップリング、檜山カップリング、薗頭カップリング、村橋カップリング、右田・小杉・スティルカップリング、溝呂木・ヘック反応などが開発されている。
※7 E体・Z体:炭素間の二重結合によってできる立体異性体。trans体、cis体の定義を拡張した表示方法で、一般にはtrans体がE体、cis体がZ体に相当する。

【関連リンク】
理工学部 理学科 准教授 松本浩一(マツモトコウイチ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/382-matsumoto-kouichi.html
医学部 医学科 教授 松村謙臣(マツムラノリオミ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2124-matsumura-noriomi.html

理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/