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神経細胞が脳組織内の環境に応じて移動方法を使い分けることを発見 神経細胞は空間の大きさを検知し、適した力を発動させる

調査・報告
2025年3月11日 14:00
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近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)エネルギー物質学科講師 中澤直高、京都大学アイセムス(高等研究院 物質-細胞統合システム拠点)(京都府京都市)教授 見学美根子、同所属研究員 栗栖純子、京都大学医生物学研究所(京都府京都市)教授 野々村恵子、同所属教授 安達泰治らの研究グループは、シンガポール国立大学、芝浦工業大学と共同で、脳発生期に脳組織内を移動する神経細胞が、経路の大きさに応じて駆動力を変え、複数の方法によって移動することを発見しました。
本研究成果により、脳構造が形成される仕組みの理解が深まり、今後、神経細胞の移動促進による疾患の治療や、神経活動を助ける技術等の確立が期待されます。
本件に関する論文が、令和7年(2025年)3月6日(木)に、生命科学に関する国際的な学術誌"Cell Reports(セル リポーツ)"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●脳発生期に神経細胞が移動する際、経路の大きさに応じて駆動力を変え、複数の方法によって移動することを発見
●「PIEZO1※1」という分子が、神経細胞が狭い経路を通る時にかかる圧力を検知し、環境に適した力を発動させることを初めて解明
●本研究成果により、脳構造が形成される仕組みの理解が深まり、今後、神経細胞の移動促進による疾患の治療や、神経活動を助ける技術等の確立に期待

【本件の背景】
脳は非常に精緻な構造をもっており、秩序立った構造の形成が脳機能にとって重要であることが知られています。脳では神経細胞(ニューロン)が種類ごとに層構造となっていますが、この構造はニューロンが脳組織内の隙間を長距離移動し、秩序正しく配置されることで形成されます。このようなニューロンの移動(遊走)に異常が生じると、滑脳症※2 などの重篤な脳奇形や精神神経疾患の原因となることが知られており、その仕組みを解明することは神経科学分野の重要な研究課題の一つです。先行研究により、ニューロンが遊走する仕組みが報告されてきましたが、遊走を促進する「駆動力」がニューロンの種類や実験条件の違いによって異なることが示唆されており、なぜさまざまな駆動力がみられるのか、という点については明らかになっていませんでした。

【本件の内容】
研究グループは、神経細胞のうち小脳の層構造を形成するニューロンの一つである「小脳顆粒細胞」に注目しました。小脳顆粒細胞が移動する際には、細胞核の前方で核を引っ張る力(牽引力)が重要と知られていますが、脳の他の部位を異なるニューロンが移動する際には、細胞核の後方で細胞膜を縮めて核を押す力(収縮力)が重要であり、駆動力に違いがあります。
そこで、小脳顆粒細胞をさまざまな環境で培養し、動きを観察したところ、細胞核が著しく変形しながら大きく動く場合には、通常と異なり細胞核を押す収縮力が働くことを発見しました。このことから、細胞核が大きく変形しないと通過できないような狭小な空間を通過する際に、この特殊な駆動力(収縮力)が発動するのではないかと仮説をたてました。そして、脳内の狭小な空間を再現した小さな流路を開発し、その中を移動する小脳顆粒細胞を観察した結果、長さ3μm、幅3μm、高さ5μmの非常に狭い流路を通過する際に、細胞核後方の細胞膜が著しく収縮し、後方から細胞核を押すことで細胞が狭小な空間を通過することがわかりました。
さらに、狭小な空間の通過を促進する駆動力の仕組みを明らかにするために、狭小な空間の通過に関わる分子を探索したところ、細胞膜上の機械的な刺激の検知に関わる「PIEZO1」という分子が重要であることがわかりました。そこで、PIEZO1遺伝子の一部を欠損した遺伝子組換えマウスを作製して小脳を観察したところ、小脳顆粒細胞の遊走の遅延が見られ、特に狭い空間がある特定の層に留まる様子が観察されました。
これらのことから、狭小な空間を通過する際に遊走ニューロンに加わる機械的な刺激をPIEZO1が検知し、細胞の後方から細胞核を押すことで狭小な空間の通過を促進することが示唆されました。
本研究により、脳構造が形成される仕組みの理解が深まり、今後、ニューロンの遊走を促進させることで脳損傷などの治療に繋げるほか、神経活動を助けるマイクロロボット技術の確立等も期待されます。

【論文概要】
掲載誌:Cell Reports(インパクトファクター:7.5@2023)
論文名:PIEZO1-dependent mode switch of neuronal migration in heterogenous microenvironments in the developing brain
    (発生過程の脳がもつ不均一な微小空間を遊走するニューロンにおけるPIEZO1依存的な遊走様式の切替え)
著者 :中澤直高1,2*、Gianluca Grenci3,4、亀尾佳貴5,6,7,10、竹田理子1,5、澤田剛6,7、
    栗栖純子1、張喆菁1,5、當麻憲一1、安達泰治1,5,6,7、野々村恵子5,8,9、見学美根子1,5*
    *責任著者
所属 :1 京都大学高等研究院 物質-細胞統合システム拠点、
    2 近畿大学理工学部エネルギー物質学科、
    3 シンガポール国立大学メカノバイオロジー研究所、
    4 シンガポール国立大学医用生体工学科、
    5 京都大学大学院生命科学研究科、6 京都大学医生物学研究所、
    7 京都大学大学院工学研究科、8 東京工業大学生命理工学院、
    9 基礎生物学研究所、10 芝浦工業大学工学部
DOI  :10.1016/j.celrep.2025.115405
URL  :https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-12472500176-7

【研究詳細】
本研究では、狭さの異なる空間内を通過する遊走ニューロンを詳細に観察することで、遊走ニューロンが細胞外環境の空間に適した駆動力を使い分けながら、脳組織内を通り抜けていることを見出しました。さらに、狭小な空間を促進する駆動力の発動には、細胞に加わる機械的な刺激の検知に関わるPIEZO1の機能が重要であることが明らかになりました。
小脳は運動機能や認知機能に関わる重要な脳の一部です。小脳に存在するニューロンの一つである小脳顆粒細胞は、小脳の発生過程において大規模に遊走することで小脳がもつ層構造の形成に寄与します。小脳顆粒細胞が移動する際、細胞核が神経突起の伸長とは独立に移動することが知られており、移動には細胞核前方部とニューロンの足場との接着点の間ではたらく牽引力が重要であると知られています。一方、脳の他の部位を遊走するニューロンの移動には、細胞核後方の細胞膜における収縮力が重要であり、細胞核が後方から押されることで移動すると考えられています。
本研究では、まず生体外で培養した小脳顆粒細胞の動きを詳細に観察したところ、細胞核が著しく変形しながら大きく動く際に、細胞膜の収縮に関わるアクチン細胞骨格※3 が一時的に細胞核後方に集積する様子が観察されました。これまで小脳顆粒細胞の細胞核移動には細胞核前方部の牽引力が重要であると考えられてきましたが、その駆動力が細胞核前方だけでなく、後方にも存在している可能性が示唆されました。研究グループは、細胞核を著しく変形させるほどの狭小な空間を遊走ニューロンが通過する際に、この特殊な駆動力が発動するのではないかと考えました。この仮説を検証するために、微細加工技術※4 によって脳内の狭小な空間を再現した小さな流路を開発し、その中を移動する小脳顆粒細胞を観察すると、長さ3μm、幅3μm、高さ5μmの通路を通る際に細胞核後方の細胞膜が著しく収縮し、細胞核を押しながら移動することがわかりました(図1)。この様子は、広い空間を通過する小脳顆粒細胞では観察されなかったため、狭小な空間を通過する際に発動する特殊な駆動力によるものと考えられました。また、狭小な空間を通過する遊走ニューロンを模倣したコンピュータモデルによって、細胞核後方の細胞膜の収縮力が狭小な空間の通過に十分であることも示されました。
図1 狭小な空間をもつマイクロデバイス流路内を移動する遊走ニューロン(スケールバーは5μm)
図1 狭小な空間をもつマイクロデバイス流路内を移動する遊走ニューロン(スケールバーは5μm)
さらに、狭小な空間の通過を促進する駆動力の仕組みを明らかにするために、小さな細孔をもつ薄膜材料を用いて小脳顆粒細胞を通過させる実験系を開発し、狭小な空間の通過に関わる分子を探索したところ、細胞膜上の機械的な刺激の検知に関わる「PIEZO1」が重要であることがわかりました。PIEZO1遺伝子の一部を欠損した遺伝子組換えマウス(PIEZO1欠損型マウス)を作製し、そのマウスの小脳を観察したところ、PIEZO1野生型マウスと比較して小脳顆粒細胞の遊走の遅延が見受けられ、特に狭小な空間をもつことが予想される特定の層(プルキンエ細胞層)に留まっている様子が観察されました(図2)。さらに、PIEZO1欠損型マウスの小脳顆粒細胞を狭小な空間をもつ三次元ゲル内で培養したところ、細胞核後方のアクチン細胞骨格の集積が低下しました。このことから、狭小な空間を通過する際に遊走ニューロンに加わる機械的な刺激がPIEZO1によって検知され、アクチン細胞骨格の集積が促進されることが示唆されました。さらに、同様の探索で同定された分子群がPIEZO1の機能によって活性化し、細胞核後方で発生する駆動力に重要な役割を果たすことも明らかになりました。
図2 PIEZO1野生型マウスおよびPIEZO1欠損型マウスの小脳切片における小脳顆粒細胞の遊走の比(スケールバーは10μm)
図2 PIEZO1野生型マウスおよびPIEZO1欠損型マウスの小脳切片における小脳顆粒細胞の遊走の比(スケールバーは10μm)
【今後の展望】
本研究の成果は、正常な脳機能の発現に関わる脳の構造を形成する仕組みに関して、1)脳組織内の空間のサイズがニューロンの移動に影響する可能性、2)遊走するニューロンが外環境からの機械的な刺激を検知する仕組み、3)遊走するニューロンにおいて異なる種類の駆動力が発動する仕組み、というこれまでにない着眼点や、微細加工技術と脳発生研究の融合に基づく実験系という新たな方法論を提供しています。これによって、脳構造が正常に形成される仕組みの理解が深まるだけでなく、脳内の空間情報や機械的な特性を活用した脳機能の調節への応用も期待されます。例えば、通常、細胞が動く際の駆動力の発生には、細胞内のエネルギー変換が重要ですが、ニューロンがもつ機械的な刺激の検知機構が細胞内のエネルギー変換にどのように関わるのかは明らかになっていません。この仕組みを明らかにし、応用することで、脳内で発生する機械的な刺激に応じた新たな脳機能の調節手法の開発に繋がることも見込まれます。

【研究者のコメント】
中澤直高(なかざわなおたか)
所属  :近畿大学理工学部 エネルギー物質学科
職位  :講師
学位  :博士(工学)
コメント:国内外の研究者と協力し、新しい実験手法を取り入れることで、脳内のニューロンが狭い場所を通り抜ける仕組みの一端を明らかにできました。新しい手法を用いた仮説の検証には長い時間がかかり、困難も伴いましたが、何度も"研究のワクワク"を感じる瞬間がありました。その結果を報告することができて嬉しく思います。"ニューロンが動くこと"は生体内エネルギーの利用とも密接に関わっているため、今後は生体内エネルギーの利用の仕組みの理解と応用にも繋げていけたらと思います。ご協力いただいた皆様に深く御礼申し上げます。

【研究支援】
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号:18KK0212、20H00483、16H06484、22H05169、21H05126、16H06486、20H03387、21H05125)、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(課題番号:23gm1910002、20gm6310014)、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業FOREST(課題番号:JPMJFR225J、JPMJFR222D)、内藤記念科学振興財団、三菱財団、武田科学振興財団、持田記念医学薬学振興財団の支援により実施されました。

【用語解説】
※1 PIEZO1:生体膜に存在するタンパク質の一つ。細胞が外部からの機械的な刺激に対して応答する際の受容体として機能するメカノセンサー分子(機械刺激受容体とも呼ばれる)。PIEZO1を同定したアーデム・パタプティアン博士は、2021年ノーベル医学・生理学賞を受賞した。
※2 滑脳症:脳の形態異常を伴う遺伝病の一つで、神経細胞の遊走の異常により、脳がもつしわや隆起が減少し、滑らかな状態の脳になってしまう。その結果、脳構造だけでなく、脳機能に重篤な障害が起こると考えられている。近年、自閉症や統合失調症などの疾患との関連も示唆されている。
※3 アクチン細胞骨格:細胞の移動、変形、構造維持等に関わる細胞骨格の一つ。筋肉に多く含まれており、筋収縮に関わることが有名だが、他の種類の細胞にも豊富に含まれている。単量体のアクチンが重合することでアクチン繊維が形成される。アクチン繊維の上を滑るミオシンと相互作用しながら、細胞内での収縮力の発生を促進する。
※4 微細加工技術:微小な構造(ナノメートルサイズからマイクロメートルサイズ)をもつ部品等を加工する技術。スマートフォンやコンピューター等で使用される半導体や電子部品の製造に使われる。

【関連リンク】
理工学部 エネルギー物質学科 講師 中澤直高(ナカザワナオタカ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2756-nakazawa-kaotaka.html

理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/