日本人初のオフ・ブロードウェイ作曲家による 音楽集がデジタル配信決定
ニューヨークの演劇界において、日本人作曲家として初めてオリジナル・ミュージカルをオフ・ブロードウェイで発表したコウ・タナカ(Ko Tanaka)氏(33)による音楽集のデジタル配信が決定。高い評価を受けたミュージカル『えんとつ町のプペル』を通じて、日本独自の音楽とストーリーテリングをアメリカのミュージカル文化と融合させ、業界に新たな風を吹き込んだタナカ氏が作曲を務めるバレエ版『えんとつ町のプペル』。51人編成のオーケストラによるのサウンドトラックは近日公開予定となっており、今後の展開にも注目が集まる。
日本人作曲家 Ko Tanaka
【日本発の名作をオフ・ブロードウェイへ】
アジア系アーティストの表現の場が限られている現状の中で、その快挙は特筆すべきものだ。西野亮廣氏のベストセラー絵本を原作とする『えんとつ町のプペル』は、2023年1月、ニューヨークのパーシング・スクエア・シグネチャー・センターでオフ・ブロードウェイ公演を果たし、批評家から高い評価を受けるとともに観客の熱狂的な支持を集めた。煙に覆われた町で暮らす少年ルビッチが、「星は存在しない」と言われながらも、星空を見る夢を抱き続けるという幻想的な物語。ゴミ人間・プペルとの出会いを通じて、その夢を追い求める旅が描かれている。
音楽監督・作曲家を務めたタナカ氏は、12曲のオリジナル楽曲と18曲のインストゥルメンタル楽曲を手がけ、日本的な美意識を取り入れつつも、ブロードウェイ・ミュージカルの持つ普遍的な魅力と融合させた。その結果、日米の文化交流を象徴する作品として評価され、批評家からは「西野氏の幻想的な世界観を見事に音楽で表現した」と称賛されている。
【世界へ広がる田中の音楽】
タナカ氏の作曲活動はオフ・ブロードウェイにとどまらず、国際的にも注目を集めている。『えんとつ町のプペル』は日本での初演後、日米両国で多様な観客を魅了し続けている。また、バレエ版への編曲依頼も受け、2024年初頭に東京・新宿文化センターで初演。好評を博し、2025年夏には東京で追加公演が予定されている。
さらに、タナカ氏の次なる挑戦として、2025年10月にオフ・ブロードウェイで新作『Samurai of Blue Eyes(青い瞳の侍)』が上演されることが決定している。本作は、戦時中に従軍した日系アメリカ人兵士のアイデンティティの葛藤を描く作品で、著名な日本人プロデューサー・松坂龍馬氏と、日本人アーティストによる舞台芸術プロジェクトが手がける。タナカ氏は、クラシックなブロードウェイ音楽と和楽器を融合させ、再びユニークな文化的体験を生み出すことに挑む。
【ブロードウェイでも評価される才能】
タナカ氏の成功はオリジナル作品に限らない。彼はブロードウェイの著名なプロダクションにも貢献しており、グラミー賞を受賞したアメリカの制作会社Strange Craniumとともに、『1776』『ヘアスプレー』北米ツアー版、『キャロライン、オア・チェンジ』といったヒットミュージカルに音楽面で携わっている。特に『キャロライン、オア・チェンジ』のキャストアルバムは、2023年にグラミー賞を受賞した。また、音楽テクノロジーを祝う国際イベント「IMSTA Festa」では、ニューヨーク、ロサンゼルス、東京でデジタル・オーケストレーションのマスタークラスを開催し、その技術を世界に発信している。
【アメリカ演劇界の構造的課題に挑む】
タナカ氏の活躍の裏には、アメリカ演劇界における構造的な課題が存在する。アジア系アーティストの舞台上での活躍は依然として限られており、影響力のある団体「Asian American Performers Action Coalition(AAPAC)」による調査「Visibility Report: Racial Representation on NYC Stages」によれば、アジア系の作家・作曲家・脚本家・作詞家による作品は、ブロードウェイでわずか4.4%、オフ・ブロードウェイでも5.1%にとどまるという。この不均衡は、経済的格差やマイノリティ主導の劇団の存続困難といった問題を引き起こし、多様な物語が語られる機会をさらに奪っている。
AAPACは、マイノリティによる作品の創作・制作・上演を推進することが、こうした不平等の是正につながると指摘している。観客層の拡大にも寄与するため、今こそ多様な声を舞台に届けることが求められている。タナカ氏は、その最前線でこの課題に向き合い、自身の作品を通じてその答えを示そうとしている。
【コウ・タナカの目指す未来】
タナカ氏にとって、彼の成功は単なる個人のキャリアの達成ではない。アメリカ演劇界が文化的視野を広げつつある中、オフ・ブロードウェイにおける日本人作曲家としての彼の存在は、重要な転換点となる。『えんとつ町のプペル』や『Samurai of Blue Eyes』といった作品を通じて、彼は単に音楽を作るのではなく、未来の演劇において多様なストーリーテリングが中心的な役割を担うべきであるという新たな物語を形作っている。
文/翻訳 竹崎心平
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