子どもの脳は周りの環境に適応しながら変化していく脳研究から見...

子どもの脳は周りの環境に適応しながら変化していく 脳研究から見えてくる バイリンガル環境づくりのポイント

東京大学薬学部 池谷 裕二教授のインタビュー記事公開

子どもが幼いころから二つの言語に触れるバイリンガル環境で育つ場合、親にも教育者にもさまざまな疑問が生まれます。一つの言語のみで育つ場合と、二つの言語で育つ場合では、脳やことばの発達がどのように違うのでしょうか。また、言語を身につける能力には、どのような脳の仕組みが影響するのでしょうか。ワールド・ファミリー  バイリンガル サイエンス研究所(※以下、IBS)<東京都新宿区  所長:大井静雄>では、脳の研究をご専門とする東京大学の池谷 裕二教授にお話を伺い、神経回路、言語発達、親の関わり方、といったさまざまな側面から、子どもにとってより良いバイリンガル教育についてお話を伺い、公式サイトにて記事を公開しました。


池谷 裕二 教授


<インタビューサマリー>

●生まれたばかりの子どもはすべての言語の音に対して反応するが、生後2年間とそれ以降では、日常的に耳にしない言語の音を聞き分ける能力に大きな差がある。

●子どもが二つの言語に触れる環境で育つことは、脳の発達にとって負担にはならない。

●バイリンガルの子どもに見られる「語彙」学習の遅れはバイリンガル特有の発達過程であり、劣等感を抱く必要はない。

●親にとっても子どもにとっても良いバイリンガル環境づくりとは、親ができること、できないことをしっかり見極めること。


脳に関する研究の中で、神経生理学がご専門の池谷教授。特に学習や記憶の分野を研究されていらっしゃいますが、「どうして英語を話せる人と話せない人の差はこんなにも大きいのだろう」と疑問に思ったことがきっかけで、英語教育やバイリンガル教育に興味をもったといいます。乳幼児期から二つの言語に触れて育った子どもは、自然と両方の言語を身につけていきますが、バイリンガルの脳は、どのように働いているのか、池谷教授にお話を伺いました。

生まれたばかりの赤ちゃんはすべての言語のすべての音韻に対して反応する


「バイリンガルの脳をMRIで調べると、例えば、英語を使っているときとスペイン語を使っているときは、違う脳領域を使っています。昔から、バイリンガルの脳に損傷が生じたときは、片方の言語だけ能力が低くなるという研究結果があり、二つの言語はそれぞれ独立した脳回路で獲得されている、ということが言われています。


また、「生まれたばかりの子どもは、発語や耳の反応を調べてみると、だいたい、すべての言語のすべての音韻に対して反応します。赤ちゃんは、そのようなポテンシャルをもっているんですよね。でも生後6カ月くらい経つと、日本語だけを聞いて育っている子どもはLとRの違いには反応しなくなってきて、14カ月くらい経つとだいぶ違いがわからなくなってしまうことがわかっています。」とのこと。「もちろん、そのあとでも脳は変化するので、この段階で音韻を聞き分ける能力が決まってしまうわけではありませんが、最初の2年間で大きな差がつくと言えます。」と話します。


二つの言語が耳から入ってくる子どもがそれぞれの言語を身につけていくということは、ごく自然なことなのでしょうか?「子どものバイリンガル環境」について、池谷教授に伺いました。

バイリンガル環境は、子どもの脳にとって負担にならない


例えば、「英語は、日本語と違って、文字にすると単語と単語の間にスペースが入ります。音声を聞いているだけだとそれはわからないのに、英語の音声を聞いて単語を切り取る力が身につく。これは、とてもすごい能力です。」と池谷教授。なぜ脳がこのような芸当ができるのかは、いまだにわかっていないそうです。


また、「子どもが二つの言語を獲得することは、脳にとって負担にはなりません。」と話します。「小さいころに英語を学んでも、小学生になるころには忘れてしまう、ということも言われますが、私は英語を聞く耳や発音する力が育てばいい、というくらいの気持ちで子どもを英語保育園に入れていました。でも、上の子はもうすぐ9歳になりますが、いまだに学校外での英語学習は続けているので、そろそろ忘れないころかなと思います。普段は人見知りなのに、英語の先生に対しては人一倍話すみたいですね。」とお子様の英語教育のご経験からもお話しいただきました。


バイリンガル環境での子育ては、子どもの脳への負担ということは心配する必要はないようですが、バイリンガル環境が日本語の発達に悪い影響を与える、と考える人もいます。池谷教授はどのように考えていらっしゃいますか?

語彙の「遅れ」は、バイリンガル特有の発達過程・劣等感を抱く必要はない


池谷教授によると、「言語に関するテストをすると、モノリンガルよりもバイリンガルのほうが、成績が低いという結果を出した研究もあります。このような結果を見ると、『やっぱりバイリンガルは二言語とも習得が遅れる』と結論づけたくなってしまうかもしれません。でも、この研究によると、このような結果はボキャブラリーの少なさに起因しています。」ということです。


「モノリンガルであっても、ボキャブラリーが少ない子どもはいますよね。一方、バイリンガルであっても、ボキャブラリーが多い子どももいます。そこで、ボキャブラリー量が同じくらいのモノリンガルとバイリンガルを比べてみると、まったく差がないんです。バイリンガルは、たしかにモノリンガルよりも、ボキャブラリーの学習が遅れるかもしれませんが、その『遅れ』は、バイリンガル特有の発達の過程であって、劣等感を抱くようなことではありませんし、気にしなくていいと思います。」と話しています。


最後に池谷教授に、子どもの「環境を整える」うえで、親はどのような姿勢・考え方で子どもの言語発達や第二言語習得を見守るべきか、伺いました。

親が「できること、できないことを見極めること」がバイリンガル環境をつくるポイント


「You can lead a horse to water, but you can’t make him drink. (馬を水飲み場まで連れていくことはできるけれど、水を飲ませることはできない)」という英語のことわざがあります。つまり、馬を引っ張っていけば水飲み場に連れていくことはできるけれど、「水を飲め」と言ったところで馬が飲んでくれるわけではありません。親はつい過干渉や過保護になってしまいますが、自分が干渉することによって子どもが変わることと変わらないことをしっかり見極める必要がありますね。


親ができることは意外にも限られています。親が介入して改善できること、できないことをしっかり線引きしておくと、親はストレスが減ります。すると、子どもにイライラしてむやみに怒ることもなくなり、子どもが本来もっている能力にブレーキをかけたり、子どもがすねたりひねくれたりすることもなく、子どもが英語嫌いになる可能性も減ると思います。


池谷教授のお話からは、子どもにとってより良いバイリンガル環境をつくるためのヒントが伺えました。二つの言語に触れて育つ子どもは、自然と二つの言語を聞き分け、使い分けられるようになっていき、脳の発達にとって負担になるということはないことがわかりました。この点を理解しておけば、「バイリンガル環境は脳の発達に悪影響を与える」、「バイリンガルはモノリンガルよりも劣っている」という偏見をなくし、バイリンガルの子ども本人にも劣等感ではなく自信をもたせることができます。


親がバイリンガル教育のためにできることは、「教えること」、「学ばせること」ではなく、学びたくなる環境や学びやすい環境をつくり続けること。実際に興味をもつかどうか、学ぶかどうかは、本人次第です。池谷教授のことば通り、「親ができること、できないことを見極める」。これこそが、子どもにとっても親にとっても良いバイリンガル環境づくりのポイントなのではないでしょうか。

      

詳しい内容はIBS研究所で公開中の下記記事をご覧ください。

■<東京大学薬学部 池谷 裕二 教授>インタビュー〜

前編: https://bit.ly/3BFEvvL   後編: https://bit.ly/3HdOZUm             


■ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所

(World Family's Institute Of Bilingual Science)

事業内容:教育に関する研究機関

所   長:大井静雄(東京慈恵医科大学脳神経外科教授/医学博士)

所 在 地:〒160-0023 東京都新宿区西新宿4-15-7 

パシフィックマークス新宿パークサイド1階

設   立:2016年10 月  URL:https://bilingualscience.com/

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