「日本唾液ケア研究会」にて3月26日開催の教育セミナーレポート 唾液中の有用な成分「IgA」や「アミラーゼ」の最新知見を学ぶ
特定非営利活動法人日本唾液ケア研究会は、唾液の健康効果を科学的に明らかにし、臨床応用の推進に取り組む団体です。2023年3月26日には、兵庫県神戸市の会場と各所をオンラインでつないだ会員限定教育セミナーを開催し、会員の教育関係者、医師、歯科医師、歯科衛生士、協賛企業など、幅広い参加者が集まりました。
基調講演は「新たな生活様式における唾液IgAの意義 ~体内マスクで病原体から体を守る~」と題して、神奈川歯科大学短期大学部准教授の山本 裕子 先生が、体内でマスクのような働きをする「口腔免疫」の果たす重要な役割について最新の研究成果を交えながら発表しました。続いて同NPO法人の理事長である神奈川歯科大学副学長・教授の槻木 恵一 先生が「進化する唾液」と題したレクチャーを行い、昨今各メディアで注目を集めている唾液中のアミラーゼに関するトピックスを掘り下げて紹介しました。
<基調講演 サマリー>
「新たな生活様式における唾液IgAの意義 ~体内マスクで病原体から体を守る~」
神奈川歯科大学短期大学部 准教授 山本 裕子 先生
感染症から体を守るために物理的バリアとして利用されるのがマスクです。2023年3月から感染症対策の規制が緩和され、マスク着用は個人の判断に任されることになりました。そこで、マスクを外した環境で活用したいのが「体内マスク」、つまり唾液です。
■免疫としての唾液の役割
免疫とは、細菌やウイルスなどの病原体から体を守り、感染を防ぐ仕組みです。なかでも、病原体に接触しやすい口や腸管、鼻、目、皮膚などに備わっている「粘膜免疫」は、病原体が粘膜に付着するのを防いだり、病原体が出す毒素を中和したりして感染を防ぐ重要な役割を担っています。
粘膜免疫の主体となる免疫物質が「分泌型IgA(アイ・ジー・エー/抗体グロブリンA)」です。分泌型IgAは主に腸管から粘膜の中に分泌されるもので、とくに唾液と初乳に多く含まれています。
唾液は口腔内から咽頭(鼻腔、口腔から続く空気と食物の通り道)までを覆っています。唾液に含まれる分泌型IgAは、口腔や咽頭までの間に病原体を退治して、その先にある気管や肺、食道を感染から守ります。唾液に含まれる分泌型IgAを増やすことは体内マスクを強化し、感染防御力を上げることにつながります。
■腸活で唾液の感染防御力を上げる
かつては腸活といえば、便秘対策を目的としたものが主流でしたが、2000年以降、腸内細菌の役割や病気との関わりが明らかになるにつれて、「腸を健康にして、さまざまな疾患の予防・改善や、免疫力の向上につなげたい」という目的に変わってきました。実際に、腸内細菌のバランスがよくなるとIgA産生細胞が活性化されて、IgAの産生量が増えることがわかっています。
IgAの産生量を増やす食品として知られているのは、ヨーグルトや納豆、キムチなどの「発酵食品」、海藻やきのこ類に含まれる「水溶性食物繊維」、胃や小腸で吸収されず、大腸に届いて腸内細菌のえさになる「フラクトオリゴ糖」です。これらは腸活によい食品でもあります。
腸活によいとされる乳酸菌に関して、山本先生らが行った研究では、施設に入所している健康な高齢者に、乳酸菌OLL1073R-1で発酵したヨーグルトとプラセボのヨーグルトを継続して摂取してもらったところ、乳酸菌OLL1073R-1で発酵したヨーグルトを摂取した群では、唾液中のIgAが増えました。また、その時期に流行していたインフルエンザ(A/H3N2亜型)に交叉する唾液中IgAも増えています。
■腸活と口腔細菌の関係
脳と腸が緊密に連携していることを表す「脳-腸相関」が注目されていますが、山本先生らは腸と唾液腺とのつながりを明らかにして、「腸-唾液腺相関」という関係を確立するべく、研究をしています。
具体的には、食品が腸にどのように働きかけて、IgAを増やしたり、口腔内細菌叢に影響を与えたりするのか、そのメカニズムを調べる研究です。別の研究で、歯周病の細菌が腸に届くと大腸の状態が悪くなり、関節リウマチなどのリスクが上がるという報告があります。山本先生らは、腸を健康にすることで唾液中IgAが増加し、別の病気の抑制につながる可能性があると考えて研究を行っています。
<レクチャー サマリー>
「進化する唾液」
特定非営利活動法人日本唾液ケア研究会 理事長
神奈川歯科大学 副学長・教授
槻木 恵一 先生
「唾液には100種類以上の成分が含まれている」。これは事実ですが、教科書にのっているものだけを合計してもゆうに100種類は超えるので、100種類以上という言い方は、かなり少ない数といえます。ところが先日、槻木先生がテレビ番組でこの話をしたところ、数の多さに大変驚かれました。そこで今回は、唾液に含まれる物質の中から、非常に有名な成分の一つである消化酵素「アミラーゼ」を中心に槻木先生がレクチャーを行いました。
■唾液中のアミラーゼが多いと、あんかけ料理がすぐにサラサラに
アミラーゼは、でんぷん(糖の一種)を分解する消化酵素です。口腔内ででんぷんを分解し、小腸で吸収しやすくする働きがあります。唾液中のアミラーゼが多い人があんかけ料理を食べると、あんがあっという間にサラサラの水状になります。反対に、唾液中アミラーゼの少ない人は、あんかけ料理をトロトロのまま食べられます。
ではなぜ、唾液中アミラーゼの多い人と少ない人がいるのか。これには、「ヒト唾液アミラーゼ遺伝子(AMY1)」が関係しています。AMY1の数は人によって異なり、AMY1が多い人は唾液中アミラーゼの量が多く、AMY1の少ない人は唾液中アミラーゼが少ないのです。遺伝子の数の相違には「コピー数多型」という現象が関係しています。ヒトの場合は通常、両親から遺伝子を1コピーずつ受け継ぐので計2コピーの遺伝子をもつことになります。ところがコピー数多型が起きると、遺伝子のコピーが0や1に減ったり、3以上に増えたりします。
■でんぷんを多く含む食事をする日本人は唾液中アミラーゼが多い
いくつかの研究から、「でんぷんを多く摂るヒトの集団では、AMY1のコピー数が多い」と報告されました。米を主食にする日本人は、でんぷんを多く摂る「高でんぷん食」の集団で、実際に日本人はAMY1のコピー数が多いことがわかっています。アミラーゼが多いと、でんぷんは早く消化されてエネルギーに変わりやすくなります。つまり、高でんぷん食の人にとってアミラーゼが多いことは生存に有利なのです。日本人にAMY1コピー数の増加が起こりやすいことは、環境によって唾液の質が進化した可能性を示唆しています。
ちなみに、40万年前に現れ、約4万年前に絶滅したと見られるネアンデルタール人の唾液には、アミラーゼがあまり含まれていなかったようです。ネアンデルタール人の食事は肉類が中心だったためにAMY1のコピー数が増えなかったのかもしれません。そのためでんぷん食が利用されず、エネルギーの獲得が不十分だったことが、彼らの絶滅に関与した可能性があります。
■唾液中アミラーゼの役割は、脳にごほうびを与えること?
アミラーゼの役割はでんぷんを分解することです。しかし、それがアミラーゼ本来の役割なのでしょうか。実は、子宮粘液に着目すると「子宮粘膜中のアミラーゼには精子の授精能力を高める役割があり、同成分が少ない人は、多い人よりも不妊になりやすい」という報告があります。生殖には多くのエネルギーを必要とすることから、何らかの要因でエネルギーを供給する役割に変わっていったのかもしれないと、槻木先生は考えています。
それとは別に、ある研究チームは唾液中アミラーゼの役割について仮説を立てています。でんぷんは基本的に無味ですが、アミラーゼによって分解されると糖に変わり、甘みを感じられるようになります。それによってでんぷん食をおいしいと感じられるようになり、積極的に摂取するようになったのでは、という考えです。つまり、無味のでんぷん食に食べる喜びを与えたのが、唾液アミラーゼなのかもしれません。
口腔は、消化器官であり、呼吸器官であるとともに味を感じる感覚器官でもあります。そこで働くアミラーゼひとつを取り上げても、まだわからないことも可能性もあり、非常に面白いトピックスとなるのです。
■日本唾液ケア研究会 会員向けセミナー 開催概要
・日時:2023年3月26日(日)13:00~15:00
・会場:神戸商工貿易センター+オンライン会議システム併用によるハイブリッド開催
<内容>
13:05~13:45 基調講演
新たな生活様式における唾液IgAの意義 ~体内マスクで病原体から体を守る~
神奈川歯科大学短期大学部 准教授 山本 裕子 先生
13:50~14:20 レクチャー
進化する唾液
神奈川歯科大学 副学長・教授 槻木 恵一 先生
14:20~15:00 会員からの報告、質疑応答
■特定非営利活動法人日本唾液ケア研究会とは
唾液の健康効果を科学的に明らかにし、臨床応用する一連の取り組みを推進するため、医療・介護関係者、企業、行政、大学、市民などが互いに研鑽を積み、ネットワークを構築すると同時に唾液の健康効果の啓発を行い、口腔の健康から全身の健康を目指す特定非営利活動法人(NPO法人)です。
唾液を専門的および学際的に扱う学術団体はこれまでになく、唾液学や唾液検査学の学問体系を作ることも目指しています。また、NPO法人としては世界初※の研究会です。
※当研究会調べ
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